十分ほど前からずっとティファの寝顔を見つめている。下着だけをまとい、無防備に俺の腕の中で寝息を立てるこの人は、身動きひとつせず深く呼吸を繰り返している。
実を言うと本当は、今すぐティファを起こさなければならない。だが、俺にはその気が全くない。
今二人がいる場所は、宿屋の、本来俺が一人で泊まっている一室。ティファが眠るべきはここではなく、この階ですらなく、ちょうど真上にあたる部屋。どうしてここにティファがいるのかという疑問には答えるつもりはない。昨日たまたま見つけた宿屋で、バレットと一度解散したあと、ティファと一緒に夜を過ごしていた。それ以上もそれ以下もないからだ。
脳裏にすぐ浮かぶのは、昨夜の眠る直前の二人の会話。声を押し殺して、体を重ね終えて、ベッドの中俺たちしか知る由もないスキンシップをしていたとき。
『…クラウド、もう私部屋に戻らなきゃ』
『…どうして?』
『どうしてって……明日、バレたら大変でしょ』
大変だという相手はバレットのこと。バレる、というのは俺たちが一夜を共にしたこと。
別に大した問題じゃないなと心の中で思いながら、ティファに言うと怒られると思いその本音は抑え込む。
『…明日の朝戻ればいい』
『だけど、寝坊しちゃったらどうしよう』
『しない。きっと起きられる』
『…クラウドと一緒に寝たら、あったかいから、寝坊しちゃう気がして』
『……じゃあ、俺が先に起きてティファを起こす』
『起きられる?』
『…ソルジャーだからな』
『ふふ……自称?』
『…その通り』
『あはは』
『信じてくれ、ティファ。大丈夫だから』
『……』
『…ティファと一緒に眠りたいんだ』
驚いた表情をみせたあと、急に顔を俺の胸に埋めたティファ。俺でさえ聞き取るのがやっとの声で確かにつぶやいたのは「私も」という嬉しい一言。そのあとティファの口から「戻らなくては」という声が聞こえることはなかった。俺たちはそのまま、同じ場所で同じ夜を過ごした。
「……」
そして今、午前4時。ティファと「先に起きる」約束をした時間通りに俺は目覚めることができている。
残るミッションはただ一つ。目の前の人を起こすだけ。だが、起こしたら最後、ティファは言うに決まってる。「無事に起きれた」「よかった」「それじゃあ戻るね」。
それはあまりにも寂しく切ないからと、ティファを起こせないでいる俺。一方、ティファを起こさなかったことで下るティファからの「罰」に怯えている俺もいる。別に、叩く蹴る殴るであれば耐えれられる(痛いが)。だが「しばらく一緒に寝ることはしない」などと言われたら、俺は立ち直れそうにない。
人間は、俺は傲慢だ。自分が思っていた以上にそれは根深く、黒く、力強い。
ほんの少し前まで、一緒に眠ること自体夢のようなことだったのに。想像することが精一杯の、夢だったのに。
「……。ティファ」
「……」
「…ティファ。起きて」
結局俺が選んだのは、ティファが比較的笑顔になれる未来だった。今自分が出せる最大限の優しさで、ティファの耳もとでつぶやく。
「……、ん…?」
その美しい瞳が開かれるまで、少し悲しいことに時間はかからなかった。
「……ティファ」
「…あ、……クラウド」
「…おはよう」
「おはよう……。起こしてくれたの……?」
「…約束したからな」
「…ふふ。ありがと……」
腕の中で見せてくれるのは満面の笑み。ほらな、起こしてよかっただろ。少し前まで邪なことを考えていた自分に釘が刺さる。
ティファはきょろきょろと部屋の中を見渡したあと、無事時計を見つけ、時刻を確認する。4時7分。申し分ない時間帯。ティファが昨夜眠る前に言っていた「4時すぎには部屋に戻りたい」といった願いごとは無事叶う予感がする。
だけど、動けないのはどうしてだろう。
ティファが動こうとしないのは……なぜだろう。
(……俺の場合、考えるまでもないが)
「……」
「……」
「………ねえ、クラウド」
「…ん?」
「…今日はどこまで行く?」
「そうだな……そろそろミッドガルに戻るか」
「…そうだね……」
「バレットはコレルに戻るつもりはないと言っていた。…マリンもカームにいるし、ミッドガルで暮らすんじゃないか」
「そうなんだ。じゃあ、まだ二人とも一緒にいられるね」
「……ああ。俺たちは二人ぼっちじゃない」
「…うん」
「……もし二人ぼっちでも……俺は別に、いいけど」
「………私も、それならそれで別に……いいけど」
なんともむず痒い本音を伝え合って、俺たちは笑い合う。
これくらいの本音が混じった冗談は、許してほしい。
やっと手に入れたんだ。やっと同じ場所に、立てたんだ。俺たちはやっと、同じ方向を向いて同じ歩幅で歩くことができるんだ。
この長くも短い人生の中で……それ以上の幸福な未来と現実を、俺は知らないから。
「……」
「……」
「……そろそろ、戻ろっかな」
「……うん」
「……」
「……」
「……」
「………ティファ」
「…ん?」
「…戻らないのか?」
「……意地悪」
安く脆いベッドの上で、心もとないシーツをかけて、俺たちはお互いの体をきつくきつく抱きしめ合う。言葉にできない想いを、言葉にした途端に崩れ去りそうな気持ちを、お互いへ伸ばす手に込める。
世界が滅びかけたあの日から、片手で数えられる日数しか経っていない今朝、俺たちは抱き合っていた。
それはあまりにも不謹慎で、あまりにも残酷で、俺たちが一番人間らしい呼吸をしていた時間だった。
手を繋いで退化する
fin,