いつもの帰り道と、少し風の匂いが違うように感じた。

 

仕事を終えて、フェンリルを走らせる。まだ日が地上よりも上にあって、夕暮れが始まる時間帯。この時間に全ての仕事を終えていることなんて滅多にないから、半分休日のような感覚だ。

 

でも風の匂いを違うように感じるのは…そんな、いつもと違う時間のせいではない。

 

俺が足を向けるのはエッジではなくて、隣町にあたるカーム。どのみちいつもの帰り道の途中に位置する街ではあるから、ルート的には何も変わりはないものの、不思議と落ち着かない自分がいた。

 

 

(……日暮れ前とはいえ、遅くなったな)

 

 

ゴーグル越しに夕陽を見つめながら、そんなことを思う。気持ち程度、フェンリルのスピードをあげる。

 

急ぐのも、行き先が違うのも、落ち着かないのも……全部いま、カームにティファがいるからだった。

 

数日前、ティファは「カームに行きたい」と申し訳なさそうに、仕事の支度をする俺に言いに来た。話を聞けばカームに住む、俺も知っている高齢の常連客の体調が優れないと聞いたから、一度景気付けに料理を持っていきたい、ということらしかった。

 

特段断る理由もなく了承すれば、ティファは俺の仕事の負担にならないことを前提に、と付け加える。それぐらいの頼みならいくらでも聞くのに、ティファが遠慮がちなところは相変わらず、変わらない。

 

 

「……」

 

 

今、何をしているだろうか。寒いところに、暗いところに一人でいたりしないだろうか。

 

今日は朝早くティファをカームに降ろし、俺はそのまま別の街への配達に出かけた。

当たり前のことだがティファは大人だし、カームは比較的治安もいいし、その客を含めた知り合いだってそこそこ多い。何も心配することはないのはわかっている。でもいつもと違う状況は……正直どうしても、落ち着かない。

 

だから本当は夕方以降にも仕事の依頼が来ていたのを、ティファには内緒で断った。ティファに言うと「帰りは一人で歩いて帰れる」とか言い出すに決まっていたから。それは、ティファがどうこうとかではなく、俺が嫌だった。

 

 

(…見えてきた)

 

 

走ること数十分、遠目に確認できるところまで来た街。本来は急ぐ必要もないのに、逸る気持ちに拍車がかかる。

さっき電話で話をしたとき、ティファはまだその客の家にいる様子だった。でもあまりエッジの外に出る機会のない彼女のことだから、きっとじっとはしていないはず。もしかするともうその家を出て、外を歩いているのかもしれない。

 

もう一度電話しなくちゃいけないな…と考えながら、到着したカームの街の入り口でフェンリルを停める。ゴーグルを下にずらし、外して一息ついたとき。ふと少し遠くから、耳に、聞きたかった声が入ってきた。

 

 

「クラウド!」

 

 

ぱっと顔をあげて、声のする方に顔を向ける。反射的に見た視線の先には、街の入り口近くで待っていたのか、こっちに気づいて駆け寄ってくるティファの姿があった。

 

 

(ティファ)

 

 

思わず安堵して息をつく。ティファは笑顔だ。

 

 

「ティファ」

「…っ、おかえりなさい」

「ああ……外で待ってたのか?」

「うん。さっきまでお客さんの家にいたんだけど、クラウドのバイクの音聞こえるかなと思って……」

「…中で待っていてくれれば迎えに行ったのに」

「だって、待ち遠しかったんだもの」

 

 

その言葉が嬉しくて、何も言い返せなくなる。ティファは自分が言ったことを後から恥ずかしいと思ったのか、言った直後に、はっと赤くなって俯いた。

俺はただ、そんなティファの姿を見て、一人気づかれない程度に頬を緩める。

 

 

「…ごめん。少し遅くなった」

「ううん、お疲れ様。迎えにきてくれてありがとう。…もうお仕事はいいの?」

「ああ」

「そっか、よかった」

「どうだった? その、客は」

「うん。思ってたより元気で、長いことお話ししちゃった。ご飯、喜んでくれたよ」

「沢山作ってたもんな」

「へへ……ちょっと作りすぎちゃった気がするけど」

「ティファの料理は美味しいから、いくらあっても大丈夫だろ」

「そう?褒めても何も出ないよ?」

「本当のことだ。……帰ろう、ティファ」

「ふふ、うん」

 

 

嬉しそうに頷くティファ。朝よりずっといい表情をしているから、きっといい時間を過ごしたんだろう。ティファは人と付き合うのが好きで……周りの人間も、ティファを好きだから。

すっかり安心しきって、早速家路につこうとフェンリルのエンジンをかけなおした俺に、ティファが思い出したように言葉をかける。

 

 

「あ……クラウド」

「?どうした」

「……疲れてる?」

「…いや、平気だが」

 

 

ティファはフェンリルに跨がろうとする様子もなく、少し俯いてもじもじする。

 

ティファがこうするときは大体わがままを言おうとしてくれているときだ。それは、俺にとっては恐ろしく小さくても、ティファにとっては大そうなものらしく、いつも彼女は申し訳なさそうな顔をする。

 

 

「あのね……その、お客さんに聞いたんだけど」

「うん」

「旅してるとき全然気がつかなかったけど……この近くの草原に、ちょっと花が咲いているところがあるんだって」

「…花?」

「そう。見晴らしがいい丘にあるらしくて……クラウド知ってる?」

「……」

「あんまり目立つ場所じゃないって言ってたから、知らなくてもおかしくないよ」

 

 

ティファが優しくフォローを入れてくれている間も頭を働かせる。

確かにミッドガル周辺とは違い、この辺は近くに川があることもあってそれなりの草原があり、花が咲いているのも見かける。それと、見晴らしのいい丘……。

 

 

「………ああ。あそこか」

「わかった?」

「多分。……行きたいのか?」

「…クラウド、思ったより早く迎えにきてくれたから……その、もし、よかったらだけど」

「いいに決まってる」

「ほんと?嬉しい」

「…じゃあ、日が沈む前に行こう」

「うん」

 

 

今度こそティファが、俺の後ろに跨がる。

それまでに見えた表情がとても嬉しそうで、俺は自分も同じ気持ちになるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その、花畑とも呼べない草原は、カームからさほど遠くない場所にあった。辺りには何もなくて、人はおろかモンスターの気配もない。この地によくも、こんな穏やかな場所があるものだと思う。

 

 

「わあ…」

 

 

フェンリルを停めることで到着をそれとなく伝えると、ティファは俺が説明をする前にそこから降りて、感嘆の声をあげた。俺はいつも見慣れているせいで、その場所自体に感動し直すことはなくても、ずっとエッジにいるティファには新鮮に映るのかもしれない。

 

ティファはすぐに、草原の中控えめに、点々と咲く花々を見つけて駆け寄る。俺はその姿を見て、ティファがこんなに喜ぶなら、いろいろなところから摘んできてやればいいのかと考えていた。

 

 

「本当だ。…小さい花がたくさん咲いてるって言ってたんだ」

「…そうか」

「どうしよっかな…お店に飾りたいな。…ちょっと摘んで帰ろうかな」

 

 

嬉しそうに、子どものようにひとりごとを言うティファ。でも何かを思いついたようにこっちを振り返って、駆け戻ってきた。

 

ティファは俺のそばまでくると、おもむろに靴を脱ぎ始める。どうしたんだと思ってその様子をただ見ていたら、彼女は律儀にそれを揃えてフェンリルの傍に置き、珍しく無邪気な表情で俺を見た。

 

 

「へへ。…ちょっと久しぶりに、地に足付けたくて」

「……」

 

 

わざと拍子抜けたように笑って見せたら、ティファは嬉しそうに笑い返してくれた。

でも……何となく、ティファが裸足になりたい理由はわかる。ミッドガルもそうだったが、エッジではなかなかこんな健康な土に足をつける経験ができないから。荒地だったとはいえ、ニブルヘイムの方がましだろうか。

 

 

「……」

 

 

再び花々に駆け寄って俺から離れて行くティファの後ろ姿を、フェンリルに少しもたれて腕を組み、ただ見守る。

 

ティファは子どものころから、男顔負けのわんぱくさで、ニブルヘイム中を走り回っていた。ティファの家柄もあって大人しい格好をしていたが、いつも一緒にいるのは村のやんちゃな仲良しグループで……俺はいつも、元気に駆けるティファを遠くから見ていた。

 

たくさんのことがあってティファは大人になり、今は急に駆け出したりするようなことはないけれど……それでも、子どもの頃の記憶や衝動は、体の中に生き続けるものなんだろう。俺が、ずっと、そうであったように。

 

 

(……)

 

 

思えば、俺はあの頃からずっと、ティファの姿を目で追ってきた。ティファの笑う顔も、怒る顔も悲しむ顔も、全て遠いものだった。自分には関係の持てない世界に、かつてそれはあった。

 

だから、子どもの、見栄を切ってニブルヘイムを飛び出した頃の俺に今という未来を伝えても、おそらく信じてはくれないだろう。

 

俺が今も、ティファのそばにいること。

そしてその形は、あの頃の俺には想像もできない、理想なんてものを簡単に追い抜かすほど、幸せなものだということ。

 

 

 

 

 

 

花をひとつひとつ見ていたティファが視界から姿を消したのは、俺がそうやって物思いにふけっていたとき。草原の中に腰をつけて座っていたティファは、急にそのまま後ろに倒れ込んだ。

 

 

「…?」

 

 

視界からティファが消えたのを認識してすぐ、俺はほとんど反射的にその場を離れティファの方に向かう。

草原の中を覗き込むと、ティファは片手に優しく花を握りしめたまま両手を広げ、穏やかな表情で目を閉じ、そこに寝転がっていた。

 

 

「……」

 

 

俺はまたこっそり安堵の息をついて、その隣に腰掛ける。ティファは俺が傍にくるのをわかっていたのか、俺が座るなりその綺麗な目をゆっくりと開け、そのまま空を見つめていた。

 

 

(……)

 

 

俺もティファに釣られるように、後ろに手をつき、そのまま空を見上げる。

ここから見るとゆっくりに見える速度で、雲が、蒼く赤い夕焼け空を流れる。風が、思うままに通り過ぎていく。草原が柔らかく揺れる音だけが耳に入ってくる。この場所に人はなく、障害物もないことを、その風と音が知らせる。

 

 

 

一体いつ、想像できただろうか。

このミッドガルのある地で……ただ平穏に、空を見上げるなんてことができる日が、訪れるということを。

 

 

「……気持ちいいね、クラウド」

「…ああ」

「………こんなに穏やかな気分…久しぶりかも」

 

 

(……)

 

 

ティファの言葉に、言葉なく同意する。

 

思えばずっと慌ただしい日々が続いてきた。生活することは、生きることは単純なことではなくて、毎日いろんなことが起こる。特に「普通」を生き慣れていない俺たちだから、それは顕著だった。

 

そんなことも相まって……この穏やかな時間をひどく、大袈裟に、贅沢だと感じる。

この広い広い大地の上、まるで俺たちだけが存在しているように感じる、今のこの時を、何よりも尊く思う。

 

ただ、風が吹いている。ただ、草花が揺れている。

傍にティファがいる。ティファだけがいる。

 

大空は、俺たちだけを、見下ろしている。

 

 

「…ねえ、クラウド」

 

 

ティファが、とても優しい声を紡ぐ。

 

 

「こんなに広いのに……二人きりみたいだね」

 

 

その言葉に俺は少しだけ驚いて、ティファを見下ろし、音なく頷いた。

 

 

「…俺も」

「?」

「……今、同じことを考えていた」

「…ふふ」

 

 

照れくさそうに笑ったティファが、緩んだ表情のまま、ゆっくり俺に空いた方の手を伸ばす。

 

その手を迎えにいくように少し顔を近づけると、小さな掌が俺の頬に寄り添う。

俺はその手を包み込むように、上から自分の掌を重ねた。

 

 

「……」

 

 

視線が絡む。

 

目を細めて俺を見上げるティファの目には、俺と夕暮れの空が映っている。その瞳の中では、元々持つ赤と夕暮れの赤が溶け込んでいる。

 

そんな、綺麗だという言葉ではおさまりきらない彼女に見惚れるなという方が……難しい。

 

 

「…あのときも、こんな気持ちだったなぁ」

「……?」

 

 

暫くそうして見つめあっていると、ティファがうっとりとした目をしたまま、小さくそう呟く。俺は頬に添えてある彼女の手をとって、そのまま指を絡めて握りしめた。

 

 

「…あのとき?」

「うん。…クラウド覚えてる?………あの日、大空洞に入る前。……二人で一緒に過ごしたこと」

「……」

 

 

ティファの言う「あのとき」が頭の中で俺自身の記憶と重なる。

その記憶は、たくさんの記憶の中、特に鮮明に、大切に、誰にも知られることなく、俺の中に残っていた。

 

 

「…ああ」

「……」

「忘れるわけない」

 

 

できる限り、想いを込めて言葉を返すと、ティファは安心したように頬を緩ませた。

 

 

「あのときも今みたいに……何も、誰もいない場所だったよね」

「…ああ」

「でも、クラウドがいてくれた。一人じゃないって、ずっと寄り添って……傍にいてくれた」

「…うん」

「……本当はね。…本当に、今日が最期なんだろうなって思ってたりしたんだよ。すごく……怖かった」

「……」

「でも、その恐怖が薄れるぐらいに……心の中が、あったかかったんだ」

「……、」

「今、私の世界にはクラウドしかいないんだって……クラウドだけは、最期まで一緒にいてくれるんだって思ったら……すごく、贅沢に思えて」

 

 

(……)

 

 

ティファが今言ってくれたことと…ほとんど全く同じことを、俺もあの時感じていた。

あの日の夜…翌日に全てを失うかもしれないような戦いが待っていたにもかかわらず、俺の心の中はひどく穏やかだった。

 

でもその理由は……俺が強く優しい気持ちを保つことができていた理由は、考えるまでもなくわかりきっていた。

 

傍にいたから。ずっと探していた人が、ずっと守りたいと思っていた人が、すぐ傍にいてくれたから。

世界がどんな状況であろうと、その先何が起ころうと…俺の世界を創っていたのは、いつだって。

 

 

(…ティファ)

 

 

「……今も、ね」

「…?」

「状況は全然違うけど、思っちゃった。…ずっとこのままでいられたらいいのになって」

「…ティファ」

「…いつも一緒にいてくれるのにね。…どうしてだろう」

「……」

「…クラウドを独り占めしてる気分、だからかな」

 

 

(……、)

 

 

独り占めなんかしなくても、俺は、いつも。

 

色々なことを思いながら黙っていたら、ティファは大きく深呼吸をしてその場で伸びをした。そして、気持ちが溢れて上手く言葉を紡げなくなっている俺に優しく微笑んで見せる。

 

 

「…ごめんね。わがまま言ってないで、そろそろ帰らないとね」

「……」

 

 

子どもたちが待ってる。そう言って、上半身を起こすティファ。

 

俺は、しばらく彼女を見つめた後、一人先に重い腰をあげた。そしてきょとんとこちらを見上げるティファを、身をかがめて抱きかかえる。

 

腕にかかる、人ひとり分の体重。

優しい重さが、俺に寄り添う。

 

 

「…わ、」

 

 

ティファは驚き、恥ずかしそうに反射的にあたりを見渡した。

その様子が愛おしくて、すぐ傍にきた顔を見つめる。その視線に気づいたティファは…困ったように笑ってくれた。

 

 

「…もう、クラウド」

「誰も見てないからいいだろ」

「そうだけど……重いでしょ」

「相変わらず軽い」

 

 

その言葉をティファはおかしそうに笑ってくれる。どうやら、嫌ではなさそうだった。

ゆっくり足を進めながら、そのあたたかい……宝物のような人をただ、大切に抱きしめる。

 

もう……これ以上は何もいらないと、本気で思う自分がいた。

例え、これ以上のものがこの世界に存在したとしても、俺にそれは、必要がなかった。

 

 

「…ティファ」

「ん……?」

 

 

夕暮れの赤を吸い込んだその瞳を見て、小さく小さく名前を呼ぶ。

ティファはそれを、拾ってくれる。

 

 

「…なんて言えばいいのかな」

「……?」

「嬉しいのに……苦しいんだ」

「…クラウド」

「ティファが傍にいて……笑っていて……生きていて……」

「…うん」

「それをただ思うだけで……たまに、涙が出そうになる」

「……」

 

 

ティファが、切なく微笑む。俺の肩にまわる腕に少しだけ力がこもる。

彼女は目を細め、俺の目を見つめたあと……そっと寄り添うように、俺に体を預けてくれた。

 

その優しい香りと体温を感じて、俺も思わず目を細める。

 

 

「…うん……そうだね、クラウド」

「…」

「…苦しいね」

「……うん」

「……幸せって」

「…?」

「幸せって…重いんだね」

「…ああ……でも」

「…?」

 

 

それがどれだけ時に醜く、怖く、痛みを伴うものだとしても。

それでも……俺は。

 

 

「…どれだけ重くても……」

「……」

「もう……離せない」

 

 

ティファの瞳を見て、ただそれだけを呟く。

触れる指に、抱きしめる腕に、力が込もる。

声は少し、震える。ティファが……泣きそうな顔をする。

 

 

 

この幸せを……そばにいたいと思う理由を、俺に、伝えきれるはずがなかった。言葉にできるはずがなかった。

 

想いはそんな単純なものではなかった。

俺にとってティファは……俺が生きるために必要な存在、そのものなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

夜に場所を渡すため地平線に沈んでいく夕陽を見ながら、ティファを抱いて歩く。

 

俺の腕の中にあるティファの命は、重くて、儚い。

優しい強さと一緒に、手を離せば落ちていきそうな、見失なってはいけないようなあやうさを持っている。

 

それでもティファは俺に体を預けてくれる。疑うことなく、力を抜いてくれる。

 

俺自身の持つ、弱さも脆さも全部知った上で、俺を、信じてくれる。

 

 

「…ティファ」

 

 

名を呼ぶと優しく微笑み返してくれる、たったひとりの人を見つめながら、俺は、願った。

 

 

「……帰ろう」

 

 

ただ、生きたいと。

 

 

「…一緒に、帰ろう」

 

 

かなうのなら、許されるのなら……この人のために、生きていたいと。

 

 

 

Sun on you

 

 

(せかいにただ、それだけを望んだ)

 

 

featuring 悠さん

 

 

 

 


fin,