目覚めたときから何かが違う。

 

きらきらと空気の変わったこの世界で、できなくなったことがたくさんある。遠慮なくあくびをしたり、見た目や音を気にせず部屋の中で運動したり。シャワーを浴びながら気にせず大きな声で歌を歌ったり、ベッドの上でひとりごとを呟いてみたり。

 

眠るときまで、見ないふりをしても見えてしまう気持ち。

 

ふと気を緩めるとすぐ、ずっと眠っていた好奇心があちらこちらに現れる。

今夜はどう過ごすのかな。夜ご飯は食べたかな。お腹空いてないかな。一緒に誰かといるのかな。悩んでないかな。ひとりきりのとき、何を考え、どんなことをしているのかな。誰かのことを、想うのかな。

 

知らないの、何もかも。忘れていたの、ずっとずっと。

何かを楽しみに思うこと。すぎていく時間をもったいないと感じること。

 

こんなにも気になる、自分ひとりで考えるだけではどうにもならない、赤の他人の心の中。

 

 

 

 

「……ふう」

 

身支度を整えて、普段よりほんの少し早く出る自分の部屋。いつも見上げる朝の空より澄んでいるように感じる、プレートに半分隠された早朝の青空。

 

でもそんな綺麗な空よりも、目線はすぐおとなりさんの部屋へと移る。これまでの自分だけの世界をすっと切り開くようにして入ってきた、張本人が暮らし始めた部屋へと。

 

(……おはよ、クラウド)

 

なんて。

言おうかなあ。言えたらなあ。ドアを思い切り開けて、まだ眠っているだろう彼に挨拶できるくらいの度胸が私にあったらなあ。

 

 

すっかり引っ込んでしまった、敵や悪い人に立ち向かうときの自分の勇気。そんな心のおしりを叩きつつ、私は部屋から視線を外す。視線を外したってずっとずうっと付き纏う幼馴染のことを考えながら、軽い足取りで階段を降りる。

 

 

 

 

 

目覚めたときから何かが違う。

 

ほこりかぶって色褪せていっていた世界に、急に差し込まれた刺激的な色。知らないこと、懐かしいこと、沢山の新しいものを抱えて私の目の前に現れたひと。

 

眠るときまで、見ないふりをしても見えてしまう気持ち。

 

楽しいだなんて、思っていい状況じゃないのに。はやく会いたい、話がしたいだなんて、私たちは遊びでこの場所にいるわけじゃないのに。

 

知ってしまったの、一瞬で。覚えてしまったの、心の中があまく溶け出す感覚を。

 

他の人とは違うの。別の誰かじゃ、ぜんぜんだめなの。

 

あの瞳と目があったとき、錆びて硬直し始めていたこの感情は、いとも簡単に動き始めてしまったのだから。

 

 

 

 

 

「ティファ、おはよう」

 

階段を降りた先、いつもの場所から飼い犬といっしょに私に挨拶をくれる大家さん。大きく手を振って、その優しく明るい挨拶に応える。

 

「おはよう、マーレさん」

「…おや? 朝からご機嫌だねえ」

 

機嫌がいいことにいち早く気づいてくれる、母のような祖母のような大切な人にはにかんでから、私はそっと彼女のそばに駆け寄る。

 

聞いてもらうために。教えてもらうために。

この感情の行き先を。彼女に伝えたことのない、ほんの少し甘い味のする未来のことを。

 

(あのね、)

 

「…実はね?」

 

 

 

天候、シュガーパウダー

 

 

 


fin,