ただいまという声が聞こえたような気がした。

 

ふと、とっぷりつかった真夜中に意識が戻ってくる。

時間を確認するまでもなく、真っ暗闇が、まだ本当の起きる時間じゃないことを教えてくれた。

 

 

(……、)

 

 

ぼんやり頭を働かせているときに、確かに小さく聞こえた家の中で何かが動く音。

考えなくても誰が生み出す音かすぐにわかった。

 

帰ってきた音。あのひとの音。

 

 

(…クラウドだ)

 

 

この気配に気付いて目が覚めたのかと、あんまりにも敏感な自分を少し恥ずかしく思いつつ、その気配に意識を寄せる。疲れているであろう彼をよそに、私の頭の中で彼の帰宅を喜ぶ気持ちが膨らんでいく。

 

そうしてひとり微笑んでいるうちに、クラウドが階段を上がってくるのがわかった。

こんな時間だもの。もうそのまま寝ちゃうんだろうな。そう思いながら私はそっとシーツを口元まであげる。

 

 

(…あれ?)

 

 

でもその足は彼の部屋の前で止まることはなく…私の部屋の方に近づいてくる。

 

私は慌てて目蓋を閉じた。

もしクラウドが部屋に入ってきたとき、私が起きていたら彼はきっと驚いてしまうだろうから。何よりも、恥ずかしいから。

 

 

「……」

 

 

古い音を立てて私の部屋の扉が開けられる。少しだけ廊下の光が差し込んできて、眩しい。

しばらく扉の前に立ち、私が寝てるかどうか遠くから確認していたクラウドが、部屋の中に入ってくる。

 

寝たふりをする私のすぐ傍まで来た彼は、そっとベッドに腰掛けた。

 

 

「……」

 

 

そして優しく私の頬に手を添える。少し冷たい手の感触が…くすぐったくて、嬉しい。

 

 

(……)

 

 

それからクラウドはゆっくり身をかがめて、おでこに優しい……まるでお母さんが子どもにするようなキスを落としてくれた。

 

 

(……わ…、)

 

 

ほんの3秒ぐらいのそれが嬉しくて、笑みが顔に出てしまいそう。

もう一度頬を撫でてくれるその指先から、大事にしてもらっていることが伝わってくる。

 

そんな……笑顔を我慢する私に気づかず、クラウドはそっと離れ、ゆっくり立ち上がった。

彼を受け入れていたベッドが寂しく、私の代わりに音を鳴らす。

 

 

(……)

 

 

離れていく静かな足音に、私はそっと目を開けた。

このまま行っちゃうのかな。振り返ったりしないかな。まだ…いかないでほしいな。

 

 

(…私ったら)

 

 

やっぱり、気づいてほしいんじゃない。一秒でも早く、会いたいんじゃない。

 

 

(…ほんと)

 

 

どうしようも、ないなあ。クラウドに関する我儘ばかりは。

 

 

 

 

 

「……クラウド」

 

 

私から溢れたその名前は、小さくても確かに音をもって本人に届けられた。

すぐに振り返ってくれた彼は一瞬驚いていたけれど、こっちがかえって嬉しくなるぐらいの笑みをこぼしてくれた。

 

 

「…ティファ」

 

 

クラウドが私を呼ぶ。ただ名前を呼ばれただけなのに、胸のなかが何かでいっぱいになる。

くれる笑顔が、声が嬉しくて…どうしようもなくなる。

 

 

(…クラウド)

 

 

「…おかえり」

「ただいま。…ごめん、起こしたな」

「ううん……遅かったね」

「ああ……ちょっと立て込んでた」

 

 

別の部屋で眠る子どもたちまで起きてしまわないように、小さな小さな声で行き交う会話。

クラウドが私を見てくれている。それだけのことで……それだけことなのに、こんなにも喜ぶ私がいる。

 

いい加減慣れろって、誰かは言う?

いつまで少女でいるつもりだって、誰かは呆れる?

 

こんなにも長い間いっしょにいるのに、それでもあなたとの一分一秒を惜しんでしまう私を……ほんの少しでも長くいっしょにいたいと思う私を、あなたは笑う?

 

 

「……クラウド」

 

 

私はうまく力の入らない腕を精一杯にあげて、伸ばして、クラウドの名前を呼んだ。

クラウドはそれに気付いて、もう一度こっちにきてくれる。それから私の手を指を絡め、握り返す。

 

私は、そばにきてくれた彼を見上げて、優しさで満ちる瞳を見つめる。

 

 

「……、」

 

 

クラウドは私と目が合うと、その身をかがめ、大きく大きく私を抱き寄せた。

背中にまわる大きな掌。香る外の世界の匂い。少し低い体温。その全てが私に、深呼吸をさせてくれる。

 

 

(…クラウド)

 

 

「……おつかれさま…」

「うん……」

 

 

クラウドは私を抱きしめて大きく息をついてから、少し体を離す。

それから今度は唇に、触れるだけの口付けをくれる。

 

 

(……、)

 

 

離れて近く、二人の目が混ざり合う。

嬉しくて嬉しくて、つい遠慮もなく笑みをこぼしてしまうと、それに気付いたクラウドもつられるように笑ってくれた。

 

 

「……。…ティファだ」

「…?」

「いや、ごめん……起こしてしまったのに…嬉しくて」

 

 

(…クラウド)

 

 

言ってもらえると思ってもいなかった言葉に、私は暗闇の中気づかれないのをいいことに頬を染める。

クラウドはもう一度柔らかいキスをくれた。ついばむようなそれを、私は喜んで受け入れる。

 

それから少しして…クラウドは名残惜しそうにそっとからだを離し、私の頬を優しく撫でた。

 

 

「…まだ眠いよな。……朝まで時間がある。もう少し寝た方がいい」

「…うん」

 

 

(……、)

 

 

彼の優しさに小さく頷く。

だけど私の手は、私の指は、そんなクラウドの気遣いもよそに、彼の服の裾を掴んでいた。

 

 

「……あ、あの、クラウド」

「?」

 

 

それからきょとんとするクラウドに、私はいつもの「こんなこといってもいいのかな」という確認のフィルターを通さず、言葉を紡ぐ。

 

 

「……嫌じゃなかったら……だけど」

「……」

「…眠るとき、ここにきて」

 

 

寝ちゃってるかもしれないけど、と照れ隠しで言葉を付け足す私。

クラウドは少し目を見開いてから、目を細め、嬉しそうにしてくれた。

 

 

「…ああ。わかった」

「……、」

「…寝てていい。ティファが寝ていても、ここに帰ってくるから」

「……、うん」

 

 

(…ああ、だめだ)

 

 

嬉しい。我儘ばっかり言って申し訳ない気持ちを…甘えることに怯える気持ちを、喜びが上回ってしまっている。

 

もう、いいや。後悔するとしても、それは明日の私にお願いしよう。

そんなどうしようもないことを考えながら私はクラウドに笑顔を返す。

 

クラウドは微笑みをそのままに小さく頷いて、握っていてくれた私の手をそっと離す。

優しさを残してくれたから、ここにもう寂しさはない。

 

 

 

私の小さな小さな幸せの器からそれはもう溢れそうだった。

クラウドのくれる温もりを、喜びを、こぼさないように、私はただ、私を抱きしめ、目を閉じた。

 

 

せかいがあなたの夢をみる

 

 

 


fin,