このまま終わってもいいかもしれない。少し汗ばんだ厚い胸板に耳を当て、優しく髪を撫でてもらいながら、私は恐ろしいことを穏やかに、静かに真面目に考えた。

 

今が何時かさえわからない真夜中、場所さえひみつの二人だけの世界。私たちに身にまとう必要があるものなど何もなくて、男と女として、触れられる限りの肌と肌を重ね合う。聞こえるのはどこからか漏れる風と、ときどき鳴る速度を変えながら響くクラウドの強い心臓の音。それ以外は何もない。それ以外は何もいらない。

 

想像していたよりもずっと逞しかったクラウドの体に自分の胸を押し当てて、心地よさに目を閉じる。意識を向けるのは自分のからだの中の鼓動。まだ確かに動いている私の心臓。クラウドと比べて小さく聞こえるのは、私の心が「今」に満足してしまっているからだろうか。未来を憂うことなく「朝がこなくても別にいい」なんて、頭のどこかで本気で思ってしまっているからだろうか。

 

 

 

 

明日、いやひょっとしたら今日死ぬかもしれないというのに、私は今せかいでいちばん幸せである自覚があった。私は今、この世のどんな素晴らしい景色や宝石、経験や未来を並べられても叶わない幸福を手にしていた。その幸福の恐ろしさは、例え「十秒後にメテオが落ちてくる」と言われても平気で目を瞑ってしまうほど、深くて強い確かな想い。

 

私は今、クラウドの胸の中にいる。想い続けてきた人の腕に、強く抱きしめられている。

この夜、何もかもの初めてを、私はクラウドに捧げた。辿々しく探り探りで唇を重ねることも、誰にもちゃんと見せたことのない裸も、傷も、体の中への侵入さえも、全部全部クラウドに許した。初めてのことばかりなのに、どうなるかもわからないのに、怖いという感情は一ミリもなかった。クラウドは丁寧にひとつずつ、嬉しくて涙が溢れてしまうほど大切に私を扱ってくれた。もちろん恥ずかしさはあったけれど、大好きな人に……ずっとずっと求め続けていた大好きなクラウドに全てを見てもらうことは、これまで感じたことのない多幸感を私にもたらした。そして、ひとつひとつ秘密を打ち明け暴いてもらうことは……まるで、私自身が世界に許してもらっているような、ここまで生きてきた全てを認めてもらうような、不思議で温かい感覚でもあった。

 

クラウドに体をつないでもらったあのとき……そしてクラウドが私の中で果てたあの瞬間、私は薄情にも真剣に思った。ああ、もうこれでいいと。これ以上欲しいものなんて何一つないと。今この時、この瞬間の記憶と経験だけを残して、他の全てを世界の終わりに捧げてしまったって構わないと。

 

クラウドがいるのなら。クラウドが、そばにいてくれるのなら。

私たちが今日この日まで確かに生き、長い長い回り道の上で再会し、こうして想いを確かめ合えたという決して変わらない事実が、今この世にあるのなら……私は。

 

 

 

 

やがて、クラウドの心臓の音がゆっくりと規則正しい速度になる。頭を撫でてくれていた手は止まり、代わりに穏やかな寝息が頭上から聞こえてくる。クラウドは眠りに身をゆだねた。明日のために。明日を迎えるために。

 

私はしばらく眠ることはできなかった。今このときだけは、この瞬間にしがみついていたかった。

たとえ時間が私を置き去りにしても、世界中が私を非難しても……生まれて初めて知った誰かを愛する幸せに、勝るものなど何一つなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 


fin,