いいものを見つけた。

 

 

「あ」

 

 

小さく声を漏らしたのは俺と廊下で目があったティファ。他所の誰にも見せられない、シャワーを浴びてすぐ、タンクトップとハーフパンツだけの、頬がまだほんのりと赤い無防備な姿。

 

水を飲もうと部屋から出た直後だった俺はその姿を見ただけで思わず硬直する。見たことがないわけではない。それ以上の姿も知ってる。だけどうまく言えないが、これに関しては慣れたとか慣れないとかそういう話ではない。

 

でも、俺が「いいもの」と認識したのはティファのそんな姿だけではなかった。

 

 

「クラウド」

「……」

「もう寝るの?」

 

 

ティファが何か話しかけてくれているのをあまり聞かずに、俺はティファの髪がまだ濡れたままであることを確認する。そして、これから部屋で乾かそうとしているということを、彼女の手におさまるドライヤーとヘアブラシで察する。

 

それから、きょとんとするティファと目を合わせて、心の中で「よし」と呟いた。

 

 

「…いや。ティファの部屋に行く」

「え?わ、ちょ、ちょっと…」

 

 

何の話だと言わんばかりの顔をするティファを無視して、彼女の背中を押す。そのまま二人、ティファの部屋に歩く。

 

 

「なになに?」

「前向いて歩かないと危ない」

「そ、そうだけど、私これから髪の毛乾かすよ?」

「知ってる」

「ええ〜……」

 

 

知ってる。俺もそのためにティファの部屋に行くのだから。

 

部屋につくなり、ティファからドライヤーとブラシを奪い取る。それから、いそいそと電源を確保して、ティファのベッドに足を放り投げるようにして座った。

 

そして自分の脚と脚の間をぽんぽんと叩き、彼女に「ここ」だと合図をする。俺の様子を伺っていたティファはそれを見て察したのか…恥ずかしそうに暫く目を泳がせてから、渋々とこっちに歩み寄ってくれた。

 

 

 

「…乾かしてくれるの?」

「うん」

 

 

 

別に何も下心はないという気持ちでティファに返事をする。ティファは俺の目をじっと見てから(明らかに何かを疑っているような目をしていたが)観念したのか、俺に背中を向ける形で脚の間に座り、おさまってくれた。

俺は上機嫌のまま、ドライヤーのスイッチを入れた。

 

 

(……)

 

 

たっぷりと濡れたままのティファの髪に触れ、指を通しながら乾かしていく。

髪が柔らかさを取り戻していくのといっしょに、ゆっくり広がる優しい髪の香り。その匂いを感じながら、俺はティファに顔を見られないのをいいことに頬を緩める。

 

 

(…なんというか)

 

 

…おそろしく、贅沢な時間だ。

 

 

「……」

「……ティファ、前向いて」

「…はーい」

 

 

ドライヤーの風音でどうせ聞こえないと思って何も話さないでいたら、俺が気になるのか、ティファが高頻度で振り返る。自分の顔が緩んでいる自覚があるため、それを制すると、ティファはなぜか嬉しそうに返事をくれた。

 

今更改めるまでもなく、俺はティファの香りが好きだ。ティファはからだも、髪も、どこもいい匂いがする。

だから、ティファがまだ髪を乾かしていないことに気づいた時、ついチャンスだと思ってしまった。ティファに「しつこい」とか「恥ずかしい」とか言われることなく、その香りに触れ続けられると思ったから。

 

 

「……」

 

 

旅をしていた頃よりは短くなったが、ティファの髪は長くて真っ直ぐで、綺麗だ。しっかりしているのに柔らかくて、ティファそのものみたいだと、本人に言うにはあまりに恥ずかしいことを考える。

 

待っているのに飽きてきたティファがまた時々振り返り始める。もう一度注意したら、それが楽しいのか、子どものように悪戯っぽく笑った。

 

 

 

(……)

 

 

 

俺は不覚にも、ドライヤーというものがティファに触れる弊害にもなっていることを憂う。

 

 

 

 

 

 

「……よし」

 

 

部屋の中をティファの香りが包むころ、ようやく髪が乾き切ったのを確認し、ドライヤーの電源を落とした。

そしてそれをその辺に置いてから、もうひとつ、手元にあったブラシを手にする。それからゆっくり慎重に、痛いと思わせないように、その髪を梳かし始める。

 

ティファはこっちの気も知らずに、真剣に髪を梳く作業に取り掛かる俺を無視して、そのまま後ろに、体重を預けた。

俺の胸の中に落ちてきたティファの小さな体。また、ふわりと香る。…正直とても嬉しいが、このままだと……。

 

 

「…ティファ」

「ん?」

「…髪が梳けない」

「ふふ……頑張って」

「……」

 

 

ティファがこうして甘えてくるのは決してよくあることではない。だからそれに応えたいが、ティファを綺麗にする役目がまだ未完了だ。これは放り出せないと思いながら俺はぐっと何かを堪えて、ぎこちない体勢でティファの髪を梳かし続ける。

 

何とか髪にブラシを通しながら、腕の中におさまっているティファの顔を覗き見る。ティファは俺から隠れて、こっちが釣られてしまうほど嬉しそうに頬を緩ませていた。

 

 

(……、)

 

 

「………?…終わった?」

 

 

その表情があまりにも魅力的で、つい動きを止めていたら、ティファが不思議そうに振り返る。

俺はあまり脳を動かさないまま適当に頷いて、ブラシを手元に置く。…ごめん、ティファがこんなんじゃなかったら、もう少し梳いていたかった。

 

こちらを振り返ったままのティファの顎に手を添えて固定する。それから身をかがめて、小さな唇にかぶり付くようにキスを贈る。ティファは体をびくっとさせていたけれど、キスを贈っている間、ずっと笑ってくれていた。

 

 

「……、ん……、ふふ…クラウド」

「……」

「…。…嬉しそうだね」

「…ティファがな」

 

 

そう言うと、自分で気づいていなかったのか急に頬を赤らめる。…ティファはいまだに、こういうところがあるから、いろいろな意味で困る。

 

俺はティファの反応に満足して、そのまま背中から、腕と脚を使って体を全部包み込むように抱きしめた。どこも、抱きしめ漏れることのないように。

それから楽しそうに笑うティファの、乾かしたての髪に顔をうずめる。大きく息を吸えば体の中いっぱいに、ティファの香りが広がる。

 

 

「……。動けない…」

「そうだな」

「……いつまで捕まえられてたらいい?」

「俺がいいって言うまで」

「…うーん……時間かかりそうだなあ」

 

 

不満げにいいながら、ティファが不満げな顔をしていないことは知っている。だからその言葉を無視して、抱きしめ続ける。

 

そうして俺が安心しきって体の力を抜き、油断していたとき。ティファがまた、俺を硬直させることを言う。

 

 

「………じゃあ」

「?」

「…一緒に寝る?」

「……。………それは、どっちの意味で?」

「…………どっちでも、いいけど」

 

 

(…どっちでもいい?)

 

 

思わず聞き返しそうになったのをぐっと堪えて、腕の中で顔をシャワーを浴びた直後ぐらいに火照らせるティファを見る。…俺の勘違いじゃないければ、おそらく今そういう意味で。

 

 

「……誘われたら断れないな」

「さ、誘ってないってば」

「まだ何に誘われたか言ってないけどな」

「あ!意地悪……!」

 

 

予想より早くティファを拘束していた腕と脚を緩めて、その流れで押し倒しながら会話をする。

照れ隠しに喋り続けようとするティファを静かにするために唇を塞ぎながら、俺をゆったりと目を閉じた。

 

本当は俺も、どっちでもよかった。

どっちがいいかなんて選ぶことができないほど…ティファがくれる幸福は、たくさんの色を持っているから。

 

 

シーラカンスも溺れるピンク

 


fin,