「俺にはないのか」

 

どこか拗ねた様子でクラウドがぽつりと呟く。


日付がそろそろ変わる頃。まだ仕事が終わらないから先に寝ておくようにと、今しがた私に優しく告げてくれた人。そんな人がもらしたとは思えない子どもっぽい声色に、私は部屋の扉の方へ向けていた体を元に戻す。顧みたクラウドは、作業机に向かい、私に背中を向けたままだった。

 

(……聞き間違い?)

 

クラウドの広い背中を見つめながら、一人首を傾げる。それから、さっき確かに聞こえた「自分にはないのか」という言葉の意味を考える。何のことだろう。私、クラウドに何をしてあげられてないんだろう。

 

「…クラウド、何か言った?」

 

このまま聞こえなかったふりをして、部屋を出ていくのもかわいそうだと思い、念のため声をかける。

すると、予想通り拗ねていたクラウドは、口を尖らせたままゆっくりこちらを振り返った。

 

「……」

「……」

「……。…別に」

「うそ、何か言ったでしょ」

 

嘘があまりにも下手なクラウドを思わず笑いそうになりながら、彼の元へと歩み寄る。

恥ずかしいのか、俯いてしまった顔を覗き込むと、ちらちらと私を見ては、小さくため息をついた。

 

「…ねえ」

「……」

「なあに、クラウド」

「……。……マリンとデンゼルには、いつもするのに」

「…何を?」

「……おやすみを言うとき」

「……」

 

(……もしかして)

 

おやすみの挨拶のことだろうか。子どもたちに毎晩願いを込めておでこへ送る、ささやかなおなじない。

クラウドにわざわざ「毎晩おでこにキスをするの」なんて話したことはないけれど、彼のことだから、私のことも子どもたちのこともちゃんと見ているんだろう。

でも、そんなの今に始まったことじゃないのに……そもそも一緒に眠るとき、クラウドにもしているつもりなのに、それだけじゃ足りなくなっちゃったんだろうか。

 

「……。…クラウド甘えんぼさんだ」

「…そんなんじゃない」

「ふふ、ごめんね。クラウドもしてほしかった?」

「……」

 

照れ隠しに目を逸らしていたクラウドが、ゆっくりと視線を戻して私を見上げる。どうやら今夜、素直に「してほしい」と言えないらしい愛しい人は、目線だけで私にそれを催促する。

今クラウドに「かわいい」なんて本音を漏らしたら、今度こそ本当に拗ねてしまうだろう。ひょっとすると「やっぱりいい」なんて言って私を部屋から追い出してしまうかもしれない。プライドが高いのか低いのか、目の前の年上の男の子はいつまで経っても掴めはしない

 

「……」

 

お望み通り、おまじないを待ってくれる大切な人のおでこに少し長めのキスを落とす。そしてその後、唇を離したときに見えた嬉しそうな表情に耐えかねて、当たり前みたいにその唇にも口付けをする。

 

ごめんね、おやすみ、おつかれさま、ありがとう。私に応えてくれる、柔らかく細い唇を啄みながら、クラウドへの想いをそっと届ける。わかってるの。クラウドへのキスはもう、おまじないに収まらないことぐらい。「お願い」はすぐ「よくぼう」に化けてしまう。かわいく在ることを、私に許してくれない。

 

「……、」

「……」

「…ティファ…」

「……。…満足した…?」

「……いや」

「もう。…マリンたちの倍くらいはしたよ」

「まだ足りない。続きは……?」

「…まだお仕事、終わってないんでしょ?」

「……」

「……やっぱり、寝ないで待ってようか」

「!」

「……」

「……。……頼む」

「ふふふ、わかりました」

 

目を輝かせてこちらを見上げたクラウドを、甘やかさずにいられる人なんて、この世界にいるんだろうか。珍しく前言撤回された、先に寝ていてというお願い。私たちは、夜の時間の延長届を出す。

 

待ってるね。そんな言葉を残すためだと言い訳をしながら、私はもう一度クラウドに口付けをする。

だけどほんとは、理由なんて必要なかった。あなたを好きだという気持ちには、何も勝てはしないのだから。

 

 

リップシンクを追い越して

 

 

(あとづけなんていらないわ)

 


fin,