「わあ、大変」
頭からバケツいっぱいの水を被ったみたいにずぶ濡れになって、我が家で一番大きな子どもが戻ってきた。
つい10分前、まさにバケツをひっくり返したような大雨が降ってきたから、きっと雨に打たれてしまっているだろうなと心配はしていた。傘も雨具も持ち歩きたがらない、変なところでわんぱく少年っぷりを発揮する彼のことを。
「……ただいま」
「はいはい、おかえり」
夜の営業まで一息つこうと、一人ひきたての美味しいコーヒーを飲みながら窓を叩く大粒の雨を見つめていた。まさにクラウドのように外にいた人はパニックになるだろう豪雨も、家の中にいたら一つのエンターテイメントのように見える。少しのワクワクと、ほんのちょっとの罪悪感に包まれながらも、私は雨音を楽しんでいた。……びしょびしょでクラウドが帰ってくるまでは。
「突然だったねぇ」
慌ててそのあたりにあったタオルを手に取り、ぺったんこになったクラウドの髪をちょっと乱暴に拭く。クラウドは少しだけ身をかがめて私に頭を差し出し、されるがままになっている。まるでわんちゃんのようだと心の中でひっそり思いながら顔も拭いてあげると、クラウドは心なしか嬉しそうな顔をした。
「服もびしょびしょ……だね」
「……中までずぶ濡れだ」
「ふふふ、気持ち悪いでしょ。シャワー浴びておいで」
「うん……」
「あったかいスープ作って待ってるから」
クラウドをいじめたたっぷりの雨を吸い込んだタオル。洗濯機にいれないといけないから、家の床を濡らしながらとぼとぼシャワー室へ上がるクラウドについていく。あとで床の大掃除をしなくちゃいけないと……クラウドにも手伝ってもらおうと、まるまった背中を見つめながら一人微笑む。
シャワー室に着くなり、のろのろと重くなった衣服を脱ぎ始めるクラウドを気にせず……うそ、気にしないふりをしながら、私はタオルと彼から受け取った服を洗濯機に投げ込んでいく。室内の鏡越しに見たクラウドはまさに水の滴るなんとやらで、本人は無自覚の色気に動揺せざるをえなかった。
子犬になったり、ふと狼のような表情をみせたり。改めてこの人は大変忙しい人である。
「じゃあクラウド、下着も洗濯機に入れておいてね」
「…うん。……ティファ」
「ん? ……っわ、」
来るかな、来るかなと思っていたら案の定きたクラウドからのハグ。ちょっと抵抗しようかと思ったけど、期待してたでしょと言われたら何も言い返せないから、照れ隠しはため息をつく程度に止める。
冷え切って冷たい肌、手のひらで触れるのは、水気をふくんでペトペトしている背中。風邪引く前にシャワーを浴びたほうがいいよ。その言葉はまだ、私の喉から外に出てこようとしない。
「…もう、クラウドったら」
「……寒い」
「だからシャワー浴びるんでしょ?」
「うん……ティファも」
「はいりません」
「ティファの服も濡れてる」
「クラウドが濡らしたの」
「じゃあ、」
「はいりません。ほら、はやく浴びてあがってきて」
理性を一生懸命立て直して、クラウドを弱い力で突き放す。ショックを受けたような表情に心は痛むけれど、クラウドの一喜一憂に振り回されていたら身がもたない。気づかないふりをして、クラウド一人をシャワーのところまで押し込む。
(だって、)
どうせなら、あたたかいあなたがいいもの。ぽかぽかとあたたまったクラウドの隣で、時間を使いたいんだよ。
「…ティファ」
「なあに?」
「……ありがとう」
「…どういたしまして」
シャワー室の扉を閉める直前に見えた優しい微笑みに、心はおひさまを浴びて乾いたタオルのようにふわふわと浮き立つ。見送った直後から、このあと一緒に過ごせる時間を想い、鼓動はとくとく大きく早くなる。
ふと、廊下の窓から外を見た。クラウドを連れて帰ってきてくれた雨は、用が済んだと言うように、すっかり上がっていた。
レイニーピンク
fin,