クラウドはたまに、伝票の整理を自室ではなく、お店まで降りてきて行うときがある。かさばる書類を移動させるだけで後々面倒なはずなのに、いそいそと一式持って降りてくるところに遭遇すると、私はついニヤニヤしてしまう。もちろん、至って真面目に移動してくるクラウドに隠れて。
だって、きっと、きっとだけど、自惚れでなければ、クラウドがそうするときは大体決まっているから。
ひとつは、子どもたちが起きているとき。クラウドの手伝いをしたいというあの子たちの懇願に、クラウドは黙って応えている。そして……もうひとつは。
「……」
お皿をふきながら、黙ってペンを走らせている彼の姿をキッチンから見守る。
お店の営業後、後片付けを終え、キッチン周りの整頓をしていたときにクラウドは降りてきた。そしてそのまま何も言わずに、お店の二人がけの席に座る。
カウンターに座らないのは、私の邪魔をしないでおこうとしてくれているからなのか、伝票整理に集中したいのかどちらかだ。
どちらかでも……クラウドがわざわざ一階に降りてきてくれたということだけで、私は仕事の疲れを一瞬忘れてしまうぐらいに、嬉しい気持ちに包まれる。
(……)
彼が書類に集中しているのをいいことに、私は堂々とにやにやしながら彼を見つめる。嬉しくて、お皿で口元を隠しながら。
(……ふふ)
クラウドがお店の中を仕事場に選ぶとき。
それは決まって……多分、多分だけれど、私がまだお店の片付けを続けているときだった。というのも、誰もいない店内でクラウドが仕事をしているところを一度も見たことがないから。
(…ふふふ)
私は、手元のお皿を食器棚にしまいながら引き続きにこにこする。クラウドが今ふと顔をあげたら、私が嬉しそうにしていることはすぐにばれるだろう。
嬉しくない、わけがない。
本人に聞いたわけじゃないからわからないけれど……一緒にいようとしてくれてるってことでしょう。特に話がなくても、用事がなくても、わざわざ同じ場所にいたいって思ってくれてるってことでしょう。そんなの、そんなの、嬉しくないわけがない。
「……」
そっと、目線だけ彼に向ける。クラウドは相変わらず真剣に紙と向き合っていた。そんな…仕事をしているときの表情はどうしたって素敵で、私は二重の喜びを感じて、さらに頬を緩める。
にこにこを隠すことを諦めた私は、よし、と呟き整え終えたキッチンを後にする。そして、真剣に仕事をしている彼のところへ堂々と近づく。邪魔したら悪いかなとも思ったけれど、珍しく、私の中で「そんな遠慮よりもそばにいたい」という気持ちが勝っていた。
足音小さく彼に近づく。クラウドは、私の気配を感知したのか、ふと我に返ったように顔をあげた。
「……? あ、ティファ」
お疲れ、と反射的に口にしてくれる人に、私はさっきから蓄えている笑顔を向ける。こうなってくると名前を呼んでもらえるだけでも嬉しい。クラウドはやたらと上機嫌な私に気づき、不思議そうにしながらも少し笑ってくれた。
「…どうした? 嬉しそうだな」
「…別に? なんでもない」
そう。本当に、なんでもないのクラウド。私がここにいて、クラウドもここにいる。ただそれだけのことなの。それだけのことで、私はいま上機嫌なの。
笑顔をそのままに私はクラウドの左隣に腰掛ける。クラウドはそんな私をおかしそうに見てから自然に仕事に戻る。どうやら、私が隣にいることを受け入れてくれたみたいだった。
(……)
いいかな。ちょっとだけ。ちょっとだけ、甘えてもいいかな。邪魔だって思っちゃうかな。でも……ちょっとだけ。
胸をどきどきさせながら、上機嫌の自分に背中を押されるようにして、私はクラウドの左肩にそっともたれかかる。クラウドは今右手で文字を書いているから、せめてこっち側なら邪魔にならないかなと思った。
あたたかい体温に、体中がどきどきしているのを感じながらそっと彼を見上げる。クラウドは私の珍しい行動に気づき、心なしか嬉しそうにこっちを見てくれた。普段みんなの前では見せない柔らかい微笑みと一緒に。
「…ん?」
「……ううん」
特に意味はありません、という意味をこめて首を横にふる。クラウドは嬉しそうに鼻で笑う。それから当たり前のように、左腕を背中からまわして、私の頭を抱き寄せた。
(わ…、)
自分から彼にくっついたくせに、突然の彼からのスキンシップに驚き固まる。クラウドは私の様子も気にせずそのままゆっくりと頭を撫で始めた。……まるでペットか何かになった気分だけど、それがあまりにも心地良くて…私の胸の中でどきどきと安心がごちゃ混ぜになる。甘えを受け入れてもらえたことが嬉しくて、つい彼に擦り寄る。
「……」
そっと目線だけ動かして確認すると、クラウドはもう仕事を再開していた。左手で私を甘やかしながら、右手で仕事を進めている。……こういうところで彼の器用さが見られるとは思っていなかった。
安心しきった私は、力を抜きクラウドに体重を預ける。
嬉しいなあ、嬉しいなあ。私にしては珍しく、自然に甘えられている気がする。そしてそれを「おかしなこと」と捉えずに、自然と受け入れてくれるクラウドがいる。……嬉しいなあ。
私はいま、機嫌のいい猫だな。そんな恥ずかしいことを思いながら一人満足して息をつく。
すると、きっと仕事が終わるまで無言だろうなと思っていたクラウドが口を開き、ごく自然に話を始めた。
「……今日さ」
「…? うん」
「…配達先でリーブと遭遇した」
「え? …クラウド捕まらなかった?」
「逃げた」
「あはは」
「…相変わらず忙しそうだった」
「そうだねぇ」
「……ん? そうか……だからタークスもいたのか」
「タークスも? すごい賑やか」
「ん……面倒なにおいがした」
「…じゃあきっと、明日あたりレノから電話があるよ」
「やめてくれ……」
「ふふ……」
二人で他愛のない会話をする。当たり前みたいに隣に座って、当たり前みたいにスキンシップをしながら。
こんなに嬉しい当たり前があっていいのかな。こんなに嬉しい当たり前を、クラウドと共有していいのかな。臆病な私はいつだって、そんなことを考えてしまう。
だけど今は…それを上回る安心感が私の中にあった。
この幸せに浸っているのが自分だけではないから。クラウドも一緒だから。一緒に…手を繋いで潜ってくれているから。
「あとさ、ティファ……」
クラウドのくれる心地よい声に身を委ね耳を傾けながら、私はうっとり目を閉じた。
ここは、どんな夢の中よりも心地が良かった。どんな夢よりも、私の夢がかなう場所だった。
オーバー・ザ・デイドリーム
fin,