お店を閉めてから眠りにつくまでの時間はいつも、心の中がぐるぐるする。

 

何かを待っている自分と、ちょっとだけがっかりしている自分。諦めきれない自分と、わがまま言っちゃだめだと諭す自分。

 

簡単なお店の掃除もお片付けも終わって、シャワーも浴びて。私よりもずっと早い時間に眠るマリンたちが、ぐっすり眠っているのも確認してから、深呼吸。それなのにお店の電気をなかなか消灯できず、ちらちらと窓の外を見てしまう。

 

くるかなあ。帰ってくるかなあ。もうちょっとだけ待ってみようかな。それとも、こんな遅くまで待ってたら迷惑かな。変な心配をさせてしまうかな。

 

今朝は早くに出て行ったクラウドにいってらっしゃいを言うことはもちろん、見送ることさえできなかった。というか、全く気づけなかった。それもきっと、私のぐるぐるを加速させる一因になっている。クラウドはいつも、私が眠れなくて夜起きている時も、朝早起きしちゃってゴソゴソしている時も気づいてくれるのに。私こういうところ、いつまでたってものんびりしているみたい。

 

こういう日は特に、会いたくなる。ちょっと夜更かしして明日後悔したっていいから、声を聞きたいと思ってしまう。

 

 

「……ふう」

 

 

誰もいないお店で、一人座って机に突っ伏す。時計にちらっと目をやれば、とっくに日付は代わり、もうすぐ1時を過ぎるところまで動いていた。

 

 

「……さすがに寝ないとだめか」

 

 

自分に言い聞かせるように、小さな小さな声で呟く。ほらティファ立って。このまま朝まで帰ってこなかったらどうするの。

 

クラウドと同じ屋根の下、暮らし始めてもう三年になる。だからだいたいわかってきた。

クラウドはとても時間に無頓着。ものすごく早起きしたかと思えばお昼まで寝ている時もある。夕方帰ってくる時もあれば、朝方何食わない顔で戻る時だってある。相変わらずぶっきらぼうなところはそのままで、お客さんに「冷たい」って第一印象を抱かれることも少なくないクラウド。でも仕事を最後までやり切るところも、そのまま。諦めずに何度も声がけしてるけど「無理しないでね」という言葉も多分、クラウドにはなかなか届かない。

 

わざわざ毎日何の依頼があったのか聞いてないけど、翌日も帰ってこないなんてこともよくある。きっと面倒に巻き込まれてるんだろうなあと思う。きっと本人が思っているよりずっと優しい人だから、いつも意図せず手を差し伸べてしまうんだろう。

 

そんな不器用なところも大好きだから……何にも言えないのだけれど。

 

 

「……」

 

 

あんまりかわいくない……拗ねた子供のような顔をキープしたまま目をつむる。

寝ちゃえば早いんだ。あっという間に朝はくるし、もしかしたらクラウドは帰ってるかもしれない。わかってるのに、なかなか踏ん切りがつかない気持ち。だってしょうがないでしょう、顔が見たいんだもの。

 

いつになっても、幾つになっても。たった10秒でもいいから、いつだってクラウドに会いたいんだよ。

 

 

 

 

 

しん、と静まりかえった夜。

私の耳に聞き慣れたバイクの音が入ってきたのは、期待が諦めに負けてしまいそうになっていたころ。まるで音に敏感な人に進化したかのように、私はがばっと突っ伏していた体を起こして耳をすます。間違いない、クラウドのフェンリルだ。

 

 

(……、わあ)

 

 

嬉しい。嬉しい、嬉しい。

急なことに高鳴り出す胸。さっきまで一人落ち込んでいたのが嘘みたいに、高揚するからだ。さっきまでもう眠る準備をしていた身体中の血を、慌てて起こしてしまったような感覚。

 

だんだん近づいてくる音に、ついあたふたするけれど何もできない。せいぜいできることと言えば、身なりを整えてみたりすることだけ。

 

なんて言おう。眠れなかった?帰ってくるのを待ってた?なんて言ったら、クラウドは笑ってくれるかな。

さっきまで私の頭の中をぐるぐる渦巻いていたものが、まるで逆方向に渦巻き始めたみたいな感覚に襲われる。どきどきして、わからなくて、ただただ胸の中がいっぱいで。

 

そうこうしているうちにフェンリルが近くまで来て、停車したのがわかった。

胸に手を当てて落ち着け私!と言い聞かせる。だけど視線はお店の入り口を見つめたままで動けない。

 

ちゃんとさっき鍵をしめた扉が、音を立てて開く。

何やら少し慌てた様子のクラウドは、嬉しさのあまり間抜けに口を開ける私の姿を捉えて、きょとんと驚いた表情を見せた。

 

 

「ティファ」

「お……おかえり」

「ただいま。起きてたのか」

「うん……もうそろそろ寝ようかと思ってたんだけど」

「そうか。……遅くなった」

 

 

ううん、と首だけ横にふる。

帰ってきた。会えた。起きててよかった。ありがとう!ぐずぐず悩んでいた数十分前までの私。

 

ついつい、にやにやしてしまう口元。何だか恥ずかしくって俯く。クラウドがこっちに歩いてくるのが足音でわかる。一生懸命にやにやを押さえながら顔をあげると、そこには予想外にも嬉しそうな顔をするクラウドがあった。

 

 

(……あれ)

 

 

「……店の電気がついてるのが見えて、もしかしてと思ったんだが」

 

 

(……クラウド喜んでる?)

 

 

ぽかんとクラウドを見上げる私。ほっとしたような顔を隠し切れていないクラウドが、私の髪を撫でる。

思ってもいなかった展開につい、我慢したはずのふにゃふにゃの表情が出てしまう。

私の髪を撫でた後、行き場を失いかけていたクラウドの手をとる。それは夜風に当たっていたから、冷え切っていた。

 

 

「…うれしかった?」

「……うん」

「ふふ……クラウドが素直だ」

「悪いか……今朝、顔もみてなかったから」

 

 

照れ臭そうに小さな声でそう呟いたクラウドは、あたりをキョロキョロ見渡す。

それからゆっくり身をかがめて、包み込むように私を抱きしめる。それから小さく、名前を呼んでくれた。

 

 

「……ティファ」

 

 

(わー……、)

 

 

突然のことについ固まってしまう体。待って、どうしよう。珍しい。クラウドが甘えてる。

 

何かあったのかな、と何となく察しながら広い背中に手を回す。

クラウドからは外の世界の香りがする。それはどんどん、おうちの匂いに溶け込んでいく。

 

 

「…今日、ちょっと寒かったね」

「……ああ」

「お腹、減ってない?」

「…減った。そういえば朝から何も食べてない」

「あはは……ぺこぺこだね。何か作ろっか」

「いや、いい……」

 

 

消えそうな声でそう呟きながら、クラウドがさっきよりも強く私を抱きしめる。

苦しいなあ。贅沢なことを、頬を緩ませながら思う。相変わらず、力加減ができない人。

 

さっきはびっくりして固まっちゃった体も、今はすっかり安心して脱力しきっている。

名残惜しいけど、そろそろクラウドも体勢がつらいんじゃないだろうか。

そう思って、とんとんと控えめ肩を叩くと、クラウドは渋々といった感じにゆっくり私を開放した。

 

宝石のような瞳と目が合う。その中に映る私の、嬉しそうなことといったら。

 

 

「……、」

 

 

何も言わずにただ落とされるキス。優しく、控えめに啄むようなそれに応えたくて、私はぎゅっと目をつむる。

程なくして、余韻を残しながら離れる。上見にクラウドを見ると、困ったような……照れているような顔をして、少し目を逸らした。

 

 

「……そろそろ、寝なきゃ……だね」

「…ああ」

「……ほんとに何もいらない?お夜食とか」

「うん……明日の朝でいい」

「明日は遅いの?出発」

「昼に1件。……夜、店、手伝おうか」

「ほんと?ありがとう、嬉しい。でも疲れてなかったらでいいよ」

「…今ので疲れも飛んだ」

「も、もう」

 

 

クラウドに手を引かれて立ち上がる。絡み合ったままの目線を、私からは逸らせない。

もう寝なきゃね……なんて。わかってるのに、わからないふりをしてしまう私たちは、いわゆる駄目な大人だ。

 

家の中なのに、お互い何も言い出すことなく指を絡め、歩く。

今度こそお店の……1階の灯りを消して、私たちは階段を上がる。

 

心の中のぐるぐるは、すっかりおさまった。

でもきっとこれからも私は、私たちは、ぐるぐるしたり、もやもやしたり、忙しいんだろう。

 

知ってしまったから。

人を大切に想うことを、私たちは忘れることができないから。

 

 

 

オーロラ・モーニング

 

 

(だから朝は、美しく輝く)

 

 

 

 


fin,