「どうしてあんなことしたの」

 

カウンター席に座るクラウドの前で、仁王立ちしながら私は頬を膨らませる。クラウドは、体はこっちに向けているけれど顔はあさっての方向。どうして? という私の問いに、どうやら答える気はないらしい。

 

「……」

「お客さん少なかったから、大ごとにならずに済んだけど……」

「……」

 

そっぽを向くクラウドの頬には、さっき私が不器用に施した大きなガーゼが貼ってある。クラウドがお客さんの胸ぐらを掴んだとき、思い切り殴られてできた怪我。綺麗な顔がもったいない……という個人的な感想はともかく、見ていてとても痛々しい。

だけどクラウドはさっきから「痛い」と言わないのはもちろんのこと、頑なに言葉を発しないでいる。

よほど後ろめたいことがない限り、ここまでわかりやすく目を逸らされることはない。だから、今日のケンカの理由を解明するには一筋縄じゃいかなそう。

 

「……」

「…クラウド? 黙ってたらわからないよ」

「……ティファに話すことはない」

「いいえ。私のお店で起こしたケンカなんだから、話す必要はあります」

「…………」

「お客さん、すごく怒ってたよ。許してくれたからいいけど……」

「……あんな客、二度と来なくていい」

「クラウド」

「……」

「……何か言われた? 嫌なこと」

「…………ティファには関係な、」

「関係あります」

「………………」

「…あ、ちょっとクラウド」

 

いよいよ耐えきれなくなったのか、クラウドは苛立った様子で席を立ち、逃げるように二階に上がっていく。

私はただぽつんと立ち尽くすだけ。二階からすぐ、子どもたちがクラウドのほっぺを気にする声と、ちゃんとそれに答える彼の声が聞こえたから……きっと、大丈夫だろう。

 

クラウドはまだ喧嘩の苛立ちの中にいる。それがわかっているから平気。あとは多分時間の問題。ご飯を食べて、シャワーを浴びたらきっと、彼の頭も冷える。

 

「……ふう」

 

まだ片付けられていなかったキッチンを綺麗にするために、大きく息をついて私は仕事に戻った。

随分久しぶりに見たような気がした……クラウドの怒った顔を、思い返しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読み通り、時間はクラウドの問題を少し解決してくれたらしい。

 

「……ティファ」

 

彼に名前を呼ばれたのは、寝室のベッドの上でひとり、眠る前のストレッチをしていたとき。いつの間にシャワーを浴び終えていたのか、髪もちゃんとドライヤーで乾かしたクラウドは、なんとも居た堪れない表情をしたまま、部屋の入り口に立っていた。

 

「…あ、クラウド」

 

ストレッチをやめて彼に向き直る。できるだけ穏やかに笑顔を見せて。クラウドはきっと今、話しかけていいかどうかを探っているところだろうから。

 

「……」

 

私の機嫌を確認できたらしいクラウドは、ほっと肩の力を抜いたあと、扉を閉めてこっちに歩いてくる。

そして、私の腰掛けているベッドに座るなり、有無を言わさずこの体を抱き寄せた。

 

「っ、わ…」

「……ごめん、ティファ」

「……、」

 

さっきまでの威勢は、どこへやら。愛おしさすら感じる、弱々しい声。

思っていたよりも素直になったクラウドに驚きつつ、その背中を抱きしめ返す。どうやらさっそく頭は冷えたらしい。ふわふわ香る、整髪剤の優しい匂いに目を閉じる。

 

(…優しい、なぁ)

 

「……なにが?」

「…店で騒ぎを起こしたこと」

「…いいよ。クラウドが大怪我しなくてよかった」

「……。……もう聞かないのか? 騒ぎの理由」

「…うん。言いたくないのなら、無理に聞かない。それに……」

「……?」

「…クラウドが意味もなく人を傷つけたりしないのは、わかってるつもりだから」

「……」

 

今回もそう。クラウドは暴力を振るわなかった。

 

きっかけは十中八九、お客さんに何か言われたか、何かを言っているのを聞いたかどちらかだろう。

気づいたときにはもう、クラウドはお客さんの胸ぐらを掴んでいた。でもクラウドは確かに我慢していた。クラウドの固く拳は握られたまま、人を傷つけることはなかった。

 

(……)

 

昔もこんなこと、あったなあ。ニブルヘイムにいたとき、自室がある二階の窓から、クラウドが大人に怒られているのを見ていた記憶がある。

 

どうして殴ったんだ。どうしてケンカをふっかけたんだ。どうしてこんなことするんだ。お前はいつも、どうしてどうして。

 

大人たちはクラウドの話を聞かず、信じず、違う子たちの話だけを種に彼を責めていた。

クラウドはクラウドでただ黙って俯くか、そっぽを向いて耐えていた。無表情とも言い難い、だけど悔しそうなわけでもない。心ここに在らずといったような様子で、彼は言い訳をすることなく日々の叱咤を受けていた。

 

あのとき……ただ見つめるだけでなく、もっとクラウドとお話しできていたら。もっと、彼を知ることができていたら。

 

(…もしもの話を想像しても、仕方ないけれど)

 

 

 

 

 

 

「……ティファ」

 

名前を呼ばれて、覗き込まれる顔。私を見つめる魔晄の目は、キスをしてもいいかと訴えかけてくる。

返事の代わりにそっと瞼を閉じれば、ほとんど同じタイミングで重なる唇。まだ……口の中が切れているのか。ほんの少し血の味がして、胸が痛む。

 

「……、…」

「………クラウド…」

「……ん」

「…。……ほっぺた、まだ痛い?」

「いや……どうってことない」

「…よかった。でも、ちょっとだけ青くなっちゃいそうだね」

「……振りかぶって殴られたからな」

「ふふ……避けなかったの?」

「………。…頭に血が上ってて」

「……」

 

『あのにーちゃんが先に手ェ出してきたんだ!』

 

脳裏でまだ再生できる、お客さんの怒った声。とりあえずあの場を収めたくて頭を下げたけど、本当はクラウドよりもお客さんに話を聞きたい気持ちでいっぱいだった。贔屓だと言われれば言い返せない。だけど、基本的に穏やかでいるように努めているクラウドを怒らせるなんて、早々できることではない。

 

今……腕の中にいるこの人は、多分、怒ることが好きではない。そんなクラウドが頭に血を上らせてまで、怒らなければならなかった理由は……。

 

(……)

 

「……ねえ、クラウド」

「…ん?」

「…クラウドが怒った理由って、もしかして……」

「………」

「……ううん。ごめん、なんでもない」

「……。…言えなくてすまない」

「いいの。……いいんだよ、クラウド」

「……」

「わかってる。……ありがとう」

「……うん」

 

辿り着いた一つの答え。それは、頭の中でぼやかしたまま見つけなかったことにする。

 

クラウドが私に打ち明けない理由も、怒った理由も全て、彼が守ろうとしている「約束」に繋がるのがわかったから。

 

「……」

 

今、私を抱きしめるこの人の力は、とても優しい。

それでいい。きっと、それだけでいい。

 

 

 

 

 

 

いつもより早い時間、二人一緒にベッドに入って、何をすることなく手を繋いだまま横たわった。

隣で穏やかにすやすやと寝息を立てるクラウドは、あの頃からずっと変わらなかった。ずっとずっと、変わらないでいてくれた。

 

 

 

 

おもかげ

 

 

 


fin,