今日は仕事が休みだと言って、朝から家の中をうろちょろしていたクラウドがいない。

 

それに気づいたのはランチの営業後。休日はいつも、お店を閉めたタイミングでお昼を食べに一階に降りてくるクラウドが、一向にやってこないことに気づいたとき。

急な仕事でも入ったのかと思ってガレージを確認しても、フェンリルは問題ないよと言わんばかりにそこに居座っている。伝票整理でもしているのかと思って自室を覗いていても、主人はなくもぬけの殻。

 

シャワーは昨日の夜に浴びていた。私の体が空いたら一緒に散歩にいこうとも言っていた。それなのにクラウドの立てる音ひとつしない。となると……。

 

 

 

「……やっぱりいた」

 

本人に届かないのがわかっているのにわざとらしく呟いてしまったのは、見つけられたことが嬉しかったから。

クラウド探しの最後の場所は、今朝一緒に抜け出したはずの寝室だった。一体なにを思って戻ってきたのか、ベッドの真ん中で気持ちよさそうにすやすや寝息を立てているクラウド。

徹夜明けでない限り一人でお昼寝をすることのない彼だから、能動的に夢の中へ飛び込んでいる様子を見るとなんだか嬉しくなる。昨日少し二人で夜更かしをしたから寝足りなかったのか、あまりに暇だったからか、理由まではわからないけれど。

 

「……」

 

穏やかな寝息をききながら、そろりそろりとクラウドに近づく。覗き込んだ寝顔に浮かび上がるのは、少年の頃を思わせるあどけなさ。

起こそうかなあ。起こさないでおこうかなあ。まだ頭の中で悩みながらベッドに腰掛けて、もう一度見たくなった顔を覗き込む。クラウドはむにゃむにゃと口の中で何かを呟いたあと、寒そうに体を縮こませた。

 

(……)

 

ふと顔をあげる。視界に入る、開け放たれた窓。

部屋の中とつながりっぱなしの秋の空からは、じっとしていると寒く感じるくらいの風がほどよく流れ込んできている。……クラウドが夢の中でも寒さを感じるわけである。

 

何か被せてあげようとしたけれど、肝心のシーツはクラウドの体の下。引っ張り出したりなんかすると起こしてしまうし、そもそも重くてできない気もする。だから取り急ぎ立ち上がり、部屋の窓を閉める。ごめんね。本当は気持ちのいい風なんだけれど……この人に風邪をひかせるわけにはいかないから。

 

「……これでどうでしょう、クラウドさん」

 

また返事が返ってこない前提で話しかける。外の音が聞こえなくなったからか、クラウドの寝息は余計気持ちよさそうに聞こえた。いつも、息をしているのか不安になるくらい静かに眠る彼だから、油断したときに覗かせてくれる隙間がすごく嬉しい。

 

今更かもしれないけれど、安心してくれていること、気を許してくれていること、伝わってくるから。

この家が、クラウドの安らげる場所であるという事実は、何にも代えられない喜びをくれるから。

 

「……」

 

ベッドの上、誰にも頼まれていないのにクラウドの背中に寄り添う形で横になったのは、クラウドというより私が人肌恋しかったからである。寒がっているクラウドの掛け布団の代わりになれたらいいな……なんて理由は、ただの後付け。

 

起こしてしまわないようにそっと、クラウドの体に腕をまわす。それから体を擦り寄せる。

顔をあげたらおでこに当たる、ひよこみたいにふわふわした髪の毛。くすぐったくて嬉しくて。好きだという気持ちは、留まることを知らなくて。

 

 

 

「…ふふ」

 

今からしたいことはたくさんある。クラウドが提案してくれたお散歩にも行きたいし、せっかく二人揃った休日だからゆっくりお菓子でも食べながらお話もしたい。だけど……だけど。

 

(…ほんの少しなら、いっしょに横になってもいいよね)

 

私は、そんなどうしようもない言い訳をしながら、身も心もクラウドに重ねて上機嫌に目を閉じた。

 

私の「クラウドチャージ」ができるまで……なんて、いつ満タンになるかもわからない期限を、身勝手に設けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

さっきまで忙しそうに、一人きびきびと店を回していたはずのティファがなぜかここにいる。

 

知らない間にベッドの上で手放していた意識。働くティファの元気のいい声を勝手に子守唄代わりにしながら、うとうとしていたところまでは覚えている。

誰かに抱きしめられていると気づいたのは、目が覚めてすぐのこと。背中に感じる柔らかい温もりや細い腕で、その誰かがティファだということは寝ぼけた頭でもすぐにわかった。

 

窓の外はいまだ昼間の青空。でも頭が妙にスッキリしている感じから、一時間以上昼寝に費やしたのは確定だろう。

 

「……。ティファ」

 

きっと返事がないだろうと思いつつその名を声に出して呼んでみる。

聞こえてくるのは聞き慣れた、とても小さな寝息だけ。試しに、俺の胸の前にまわる手に触れ、繋いでみても、ティファは何の反応も示さなかった。

 

(……まいったな)

 

普通であれば喜ばしい、ティファに抱きしめられているこの状況。それを参ったなんて思うのは、ティファが思いのほか俺にぴったりと寄り添ってくれているからだった。ティファが俺のうなじに顔を埋めているから頭さえ動かせない。加えて、ティファが呼吸をするたびに胸の膨らみが押し当てられるせいで、妙なところが敏感になる。

 

変な気を高めすぎる前になんとか体だけでも離そうと試みたが、少し体の位置をずらした俺にくっつくように、ティファはもう一度体を寄せてきた。……どうやら平常心を保つ以外、俺が取れる手段はないらしい。

 

「………はあ」

 

つい贅沢なため息が溢れでる。あとは時間と理性の戦いだなと、まるで他人事のように考える。

 

「……」

 

手持ち無沙汰になった手でもう一度確かめる、力の抜かれたティファの細い手。なんとか包み込もうとしてくれたんだろう。俺の体にまわりきっていない腕が愛おしくて、ひとり笑みがこぼれる。

そして同時に改めて、こんなにしっかり寄り添われているのにまったく気づかなかった自分に呆れる。いくらなんでも油断しすぎだ。いざというときに目覚められなかったらどうする。形ばかり自分を責めるけれど、起きられなかったのがその人がティファだったからというただ一つの理由にぐうの音も出ない。

 

俺は自覚しているよりも早く、そして着実に、ティファという人を家族として受け入れている。それは決して怠惰からくるものではない。自分の中で知らない間に育っている……これまでてティファに抱いていたものとは少し匂いの違う、愛情。

 

「んー……」

 

ティファの寝言のような声がしたのは、ひとり心の中でぶつぶつ考え事をしていたときだった。

苦しそうなその声に、反射的に身を起こしてしまったときにはもう遅い。案の定ティファは突然動いた俺に驚いてしまったのか、半開きの目を何度も瞬きさせていた。

 

「す、すまないティファ」

「………」

「……ティファ?」

「ん……?」

 

(……寝ぼけてるのか?)

 

慌てて謝るも、ティファはただぼんやりとこちらを見上げるだけ。いまいち、焦点も合っていないような気がする。

急に起こしてしまったのだから無理はないとか、色々思うことはある。だが……何よりも。

 

(…かわいい)

 

「……。…ティファ」

「…ん……?」

「…まだ夢の中か?」

「………ゆめ…? ……くらうど、ゆめ?」

「ううん。俺は夢じゃない」

「そっか……よかったぁ」

「……」

 

思わず覆いかぶさりたくなる衝動をぐっと堪える。代わりに握りしめた拳に力がこもる。

ティファは、にへらと笑ったあともう一度目を閉じた。だけど声をかける間も無くその綺麗な瞳は再度開かれる。……今度はさっきよりも、しっかりとした輝きと伴って。

 

「……あれ…?」

「……」

「…あれ、クラウド」

「…今度こそ起きたか」

「あ……わ、私寝てた…?」

「…ぐっすりな」

「わ、わー……恥ずかしい……」

 

ティファが起きた。それを確認してから、ようやくあたたかい体を抱きしめる。ティファは俺の腕の中で照れ隠しのうめき声をあげながらも、しっかり抱きしめ返してくれた。

 

「……おはよう、ティファ」

「…おはよ…。……まだお昼だよね」

「ああ。まだ日は高い」

「よかった…。……あのね、私……クラウドを探してて、それで…」

「…ああ。ちゃんと捕まえてもらってた」

「うう、恥ずかしい。……しっかり寝るつもりなかったのに」

「…?」

「…。…クラウド、私の仕事が終わったらお散歩にいこうって言ってくれたでしょ? だからどこかで起こそうかなって思ってたんだ。なのに……」

「…一緒に寝落ちたのか」

「…はい」

 

もとはと言えば俺が呑気にうたた寝をしていたことが問題なんだが、なぜか反省し始めているティファの様子がかわいくて、それを言えずにひとり頬を緩ませる。誰より自分が疲れていただろうに、一緒の時間を作ろうとしてくれていたことを純粋に嬉しいと感じてしまう。

何も問題ない。そういう意味を込めて額にキスをすれば、ティファはほっとしたように微笑んでくれた。

 

「…大丈夫だ。この時間なら、今から準備しても十分出かけられる。……それに」

「?」

「……俺はティファと一緒にいられるなら、ベッドの上でも構わないんだが」

「もう。…クラウドったら」

 

わざとらしく怒った素振りを見せながら、ティファは俺に向かって両腕を伸ばす。素直にその要求に従いつつ、俺はベッド案と散歩案どちらを取るべきかを真剣に悩む。

 

別に、特別そういうことがしたいわけじゃない。もちろんできたら嬉しいが、それよりもただティファと同じ時間を過ごしたいだけだから。自意識過剰でなければ、それはおそらくティファも同じで、だからこそこんな冗談さえ否定も肯定もしないのだと思う。

 

このままティファの優しさに甘えるか。それとも、かなり行きたそうにしている散歩を選ぶか。……ティファが何かを願っている以上、それを選ばない選択肢はないわけだが。

 

「……ふふ」

「…?」

 

そろそろ起きて散歩に行こうか。そう提案しようとしたときだった。ティファが嬉しそうな声を出したのは。

 

「…ん? あ、ごめんね。なんでもないの」

「…何でもない割には嬉しそうだな」

「ふふ、ほんとに何でもないんだけど……」

「…聞きたい」

「…。…いいなって思って」

「…?」

「……クラウドのこと、抱きしめるのも好きだけど……やっぱりこうやって抱きしめられる方が好きだなって……思っただけ」

 

また、体が固まる。今日のティファは俺を何度試すつもりなんだろう。本人は無自覚でやっているように見えるから困る。案の定俺が硬直していることにも気づかず、ティファはただ俺の体の下ではにかむだけ。

 

(……だめだ)

 

この人には、どうやったって敵わない。

 

「……さ! お散歩いこっか、クラウド」

「…いや」

「へ?」

「散歩は一時間後にしよう」

「…一時間何するの?」

「…聞くのか?」

「…………。……一時間だけだよ」

「わかってる」

「…ちゃんとお散歩も行くからね」

「うん。……程ほどにする」

 

望む通りしっかりとその体を抱き寄せて、俺は目を閉じてくれたティファに口付けをした。まんざらでもなさそうな様子にこっそり安心しながら。

 

ふたりきりの時間を過ごしながら、何時間あっても足りることなどないのだと思った。ティファを抱くことも、ティファと笑うことも……ティファにまつわるすべての時を。

 

 

お暇にダンス

 

 

(踊り狂う、それでもいいさ)

 


fin,