「ティファ」
クラウドにきつい口調で名前を呼ばれ、話を遮られたのは、夢中になって今日のことを報告していたときだった。ベッドの上、眠る前に一日を振り返ってお話するのはいつものこと。どうして日課を止められたのかわからずついポカンとする。
「…クラウド?」
クラウドはじっと私を見つめている。その目はどちらかというと……機嫌が悪いときの目だ。
恐る恐る名前を呼び返す。クラウドは私が状況を把握していないことを察したのか、苛立ちを隠すよう強引に私を腕の中に閉じ込めた。
「わ、」
「…その話はもういいだろ」
耳元で呟かれる低い声。どうやら彼は、私がしていた話そのものが気に入らないらしい。
「ご、ごめんクラウド、お喋りしすぎたね」
「いや、違う……そうじゃなくて」
「…?」
「……今、他の男の話はしないでほしい」
「へ……」
怒りの混じった声に、私はぱちぱちと瞬きを繰り返す。男? 他の男? ヒントを探るため、今日の話題を辿り直す。
私はさっきまで、今日お店に来てくれたお客さんの話をしていた。常連のお客さん、お隣のご夫婦、若いカップル、ジョニー、ジョニーのお店のお友達兼お客さん……。
(……ジョニー?)
「…クラウド、ジョニーのこと……?」
「……」
「それとも、ジョニーのお友達?」
「……さあな」
(…ジョニーのお友達だ)
クラウドを怒らせた原因の話題は見つけた。あとはお友達について、何の話をしていたかが問題だ。
でも特別なことがあった記憶はない。ジョニーがいつものように、自分のお店の常連さんを連れてきてくれただけ。彼らが何か問題を起こしたことも一切ない。普通にご飯を食べて、飲んで、楽しく帰ってくれただけ。
『他の男の話はしないでほしい』
(……あ)
「……クラウド」
「……」
「…やきもち?」
「……」
おそるおそる答えを出してみたとき、クラウドは確かにぴくりと反応し、固まった。
だけどそのあとすぐ私の首に歯を立てて、吸血鬼のように口づけをし、吸う。ツンと走った痛みには身に覚えがある。……キスマークだ。
「ちょ、クラウド……!」
「……」
「…そんなところに付けたら見えちゃう、」
「見せればいい」
「もう!」
反省の色をみせないクラウド。怒ったフリをして注意しても、拗ねてしまったのか応答はない。つよく抱きしめられているせいで身動きがとれない中、なんとか頭を動かして表情をのぞいてみたけど、すぐに大きな掌で目隠しされる。一瞬見えたクラウドは想像以上にむすっとしていた。
「……」
(…ジョニーたちがお店にきたこと、伝えただけなのに)
彼らにアプローチをされたとか、何か贈り物をもらったとか。そんな話をしてクラウドが怒ることはあるけれど、今日はそういったことは起きなかったし、もちろん話もしていない。ただ、来てくれて楽しかったことをクラウドに伝えただけだ。でもその「楽しかった」が多分、クラウドの不機嫌ポイントに火を点けた。
(……、)
たった、「楽しかった」の一言で、クラウドはやきもちを妬く。
その事実は、クラウドを好きな私の心を……何ともいえない高揚感で満たしていく。
(…嬉しい)
「……、クラウド」
「……」
「…言わずもがなだけど……私、クラウドしか、そういう目で見てないよ」
「……」
「だからその……心配しないで」
クラウドの胸に額を押しあて、頬が緩んでいるのを隠しながら、言葉をかけた。
いま私がニコニコしているのをみたら、クラウドは間違いなく更に拗ねるだろう。だからこの喜びは隠さなくちゃいけない。そもそも、私の中に今育つ決して綺麗ではない独占欲は、人に見せるものではない。
「……」
しばらく動く気配のなかったクラウドは、私の弁明のあとゆっくり腕の力を抜き、自らこちらの顔を覗き込んできた。
慌ててにやけていた頬を整えて、クラウドの美しい目をじっと見つめ返す。本当のことだよと、信じてもらうために。
「……」
「………うん」
「……、」
「…わかった」
(…わかったんだ)
心なしか嬉しそうに目元を緩ませて、今度はクラウドが私の胸に顔を埋める。抱きしめて欲しいのかと思って柔らかく頭を両腕で包むと、クラウドが心底満足そうにため息をついたのがわかった。
(……か、かわいい)
どうしよう。心臓の音、変になってない?
感情表現が得意ではないクラウドが魅せる一喜一憂に、すっかり虜になってる。おこがましいけど、自分の一言でこんなに気分を変えてくれるのが嬉しくて仕方ない。今更、クラウドにとって自分がそういう存在なのだということを自覚して、何ともいえない優越感が心を満たしていく。
クラウド、ねえクラウド。あなたは気づいていない。
あなたが私を想ってくれることは……あなたが思う以上に、私の中で意味を持つ。
「……。…ティファ」
「…ん?」
「…変なことを言ってごめん。……また、話を聞かせてほしい」
「…クラウド」
「ティファの話を聞くのは好きなんだ。だから……」
「……うん。わかってる」
一度も顔をあげることなく、クラウドはぼそぼそと謝罪の言葉をくれた。伝わってくる、彼らしい優しさと彼らしい悔しさ。こんなクラウドを目の前に、幸せを感じている私は何て悪い人なんだろう。人を好きに思う気持ちって……なんて複雑なんだろう。
お互いの正直な思いを伝え合うことなく、私たちはそのまま眠りについた。知らないこと、だらけだった。クラウドが教えてくれる感情は、まるで宇宙のように広大だった。
桃色とピンク色
(このこころは、むげん)
fin,