「ティファ!! 酒! 酒がねえ!!」

「隠してねぇで全部出しやがれ!」

 

 

バレットとシドが座るテーブルから、夜に聞く声とは思えない声量で注文が入った午後十一時。みんなに初めて、エッジのセブンスヘブンに集まってもらったということもあり、飲みっぷりはいつもの3割増し。

 

 

「はいはい、待ってね」

 

 

声大きい、と笑って注意をしながら席を立ちキッチンに向かう。……途中、力尽きて床に倒れ込んでいるユフィに気づいた。後で2階に運んであげないと。

 

私が立つのは、すでに空っぽのビンが並ぶキッチン。みんなが「開店祝いに」とか「メニューに並べたらいい」とか言って持ってきてくれたお酒たちだけど、今晩で全部なくなりそう。なんとなくわかっていたことだけれど。

 

 

「ふう」

 

 

大騒ぎする仲間達を見て、笑顔のまま一息つく。大量に準備しておいたとはいえ、そろそろお酒も無くなってきた。みんなが潰れるのと足りなくなるのどっちが早いかな。

そんな平和な悩みを抱えながら新しいお酒に手を伸ばす。だけどその前に……流し台から溢れそうな汚れたお皿の山が目に入った。

 

 

「……あ」

 

 

ちょっと…見るに耐えないお皿の量。私自身もつい、ご飯の場を楽しんでしまっていたから片付けのことなんてすっかり忘れていた。……酔っ払いのみんなには悪いけど、仕事柄ちょっとこの山は見逃せない。ごめんね、ホールの仕事は中断。お皿洗いさせてください。

 

 

(それにしてもすごい量)

 

 

こんなお皿の山を見るのはひょっとすると、七番街でアバランチのみんなと打ち上げをしたとき以来かもしれない。彼らもすごかったけれど、みんなはそれ以上。そもそも仲間が集まること自体久しぶりだということもあって、彼らの食べっぷりは気持ちがいいぐらいだった。

そんな……たくさん食べてもらって嬉しい気持ちと、後片付けの大変さが、私の中でいい勝負を繰り広げている。

 

気合を入れて洗わないと。そう思い勢いよく蛇口をひねって、冷たいだろう水に手を入れようとしたそのとき。

 

 

 

「ティファ」

 

 

楽しそうながやがやした声の中、すぐ隣からふと、どうしても特別に反応してしまう人の声がした。

 

 

「!」

 

 

つい慌てて隣に顔を向ける。そこには、キッチンの角から顔を出すようにしてこちらの様子を伺う、さっきまで席の中心に座らされていたはずの、クラウドがいた。どうやらいつの間にか上手に抜け出してきていたらしい。

 

 

「クラウド」

 

 

慌てたまま返事をする。いつもよりちょっと声が高くなってしまって恥ずかしい。こちらが反応したことを確認してから、彼は特に表情を変えずにすぐ隣まで歩み寄った。

 

 

「…手伝う」

「え? あ、ありがと……」

 

 

何をしてくれるんだろうと思っていたら、彼はすっと、私よりも先に冷たい水の中に手を突っ込んだ。

冷たいよ、なんて声をかける間もなく、涼しい顔でお皿洗いを始める彼を、私はただぽうと見上げてしまう。

あ、あれ。こんなことする人だっけ。前々から優しくはあったけれど。

 

 

「皿、拭いていってくれるか?」

「…うん、わかった」

 

 

そうやって口を開けてクラウドを見ていたら、彼に当たり前のようにお願いをされた。とっさに返事をして、お皿を拭くためのクロスを手にとる。

 

急にできあがった二人の時間。からだが緊張し始めたのがわかる。どうしてかなんてことは、考えるまでもない。

 

 

(……、)

 

 

クラウドを、男の人だと意識するようになってから……クラウドがとる一つ一つの行動にいちいち反応してしまうようになっている気がする。

極端な話、クラウドが私に何か話しかけるたびに身構えてしまう。あまりに意識しすぎて、ちゃんと笑えているかすら怪しいときすらある。

 

だって、そう。私……全然知らなかったから。

クラウドにはみんなに見せない表情があることも、みんなに掛けない言葉があること。

クラウドが私をどんなふうに想っていてくれたかも、最近まで全然、気づけていなかったから。

 

 

(……ずっと一緒にいたのにね)

 

 

「……」

「……」

 

 

仲間たちの賑やかな声よりも鮮明に聞こえる、流れる水の音。お皿を渡されるたびに指先が触れ合う。とても近くにいるから、腕と腕も時々触れ合う。

 

 

(……)

 

 

お皿を吹きながら考える。クラウドは今、何を思いながらお皿を洗ってるんだろう。そもそも、何でちょっと困ってたことに気づいてくれたんだろう。

……クラウドも、どきどきしたりするのかな。意識してるのは私だけなのかな……なん、て。

 

 

(…わーもう、何考えてるんだろ、)

 

 

そうやって一人勝手に赤くなりながらお皿を拭いていると、隣のクラウドが口を開いた。

 

 

「……多いな」

「…?」

 

 

そう呟く彼の手元には、さっきから全く減る気配のないお皿の山々。困ったような声がおかしくてつい、頬が緩む。

 

 

「ふふ……多いね」

「あいつら、どれだけ腹に入れたんだ……」

「前半はユフィが飛ばしてたね」

「酒が飲めない分な」

「…クラウドも、ちゃんと食べてる?」

「ああ……。……美味かった」

「ふふ、よかった…」

「……ティファは? 食べたり飲んだりしてるか」

「え? 私はだいじょうぶ、ほら、見てるだけでお腹いっぱいになるし…」

「ちゃんと食べてくれ。…あいつらの相手はするから」

「…、うん。……ありがと」

 

 

(……やさしい)

 

 

また、無意識に隣の彼を見上げてしまう。クラウドはそんな私の視線に気づいたのか、一度ちらりとこちらを見て、意識して見ていないとわからないぐらいに少しだけ微笑んでくれた。

 

 

(わ……、)

 

 

慌てて目をそらす。心臓の音の速度がまた上がる。お皿を拭く手は益々ぎこちなくなっていく。

 

 

(……調子狂うなあ)

 

 

そうやって、胸をひとり高鳴らせていたときだった。

ぼんやりしていた私の手の中から、お皿が一枚床に向かって一直線に落ちたのは。

 

 

「あ、」

 

 

パリンという高い音といっしょに思わずぎゅっと目を瞑る。確認しなくたってわかる、お皿が思いっきり木っ端微塵になったことぐらい。

 

やっちゃったと思いながら足元を見ると、予想通り…綺麗に分裂してしまって出来た「元お皿」が散らばっていた。

 

 

 

(ば、ばか私、)

 

 

 

「おい大丈夫か?」

「ごめん、大丈夫! すぐ片付ける、」

 

 

 

聞こえたバレットの心配する声に返事をして、キッチン下にしゃがみ込む。ああ恥ずかしい、クラウドと二人になってどきどきしてたら手元が緩みました……なんて口が裂けても言えない。

 

 

片付けなくちゃと慌てて指を破片に伸ばそうとしたとき、ふと、目の前が影になる。そしてその影の持ち主にすぐ、思い切り伸ばしていた腕をぎゅっと掴まれた。

ぱっと顔をあげると、クラウドが同じようにしゃがみ込んでくれていた。私の腕を……手を握る彼の手は、水に当たっていたから、冷たい。

 

 

 

「クラウド、」

「触るな、危ない」

「でも…」

「いい、俺がする。…何か包むものないか」

「あ、えっと、新聞紙でいいかな、」

「うん、助かる」

 

 

ちょうど、キッチンの下に集めておいてあった新聞紙を慌てて引っ張り出す。それを適当に広げたら、クラウドは破片に恐れることなく触れて、ひょいひょいと集めてしまった。……私が手を出さないように、私の手を握ったまま。

 

 

(…どうしよ、)

 

 

どうしよう、どうしよう。さっきからクラウドのことばかり考えていたものだから、繋がれた手と指先がどんどん熱くなっていく。

大きな手と、私を掴む角ばった指に目がいく。謝らなくちゃいけないのに……さっきよりずっと、胸が高鳴ってしまっている。

 

 

「……」

「…ティファ?」

「…、え?」

「大丈夫か? 怪我してないか」

「だ…だいじょうぶ、です」

「…よかった」

「…、ごめんねクラウド…クラウドも怪我してない?」

「ああ、俺は平気だ」

「ごめん…、どんくさくて恥ずかしい…」

「…誰だってこういうことはある」

 

 

いつもより優しく聞こえた声に釣られて、俯いていた顔をあげる。

そうしたら、その声に負けないぐらい優しい顔をしたクラウドとぱっちり目が合った。

 

 

「…、」

「……、あ」

 

 

思わず変な声が出た。思いのほか至近距離にあったその顔に、つい見惚れて、固まってしまう。近くで見つめれば見つめるほど綺麗なクラウドの瞳に、まるでそう……吸い込まれるような感覚。

 

 

「…あ、えっと、ごめん、」

 

 

何がごめんなのかわからないけど、恥ずかしさのあまり咄嗟に顔をそらす。だけどそれはすぐに私の頬に添えられた…さっき一瞬見惚れてしまっていた大きな手によって阻止された。

 

 

(え、)

 

 

ふたたび、クラウドと見つめ合う形に戻される顔の向き。必然的にその瞳に再び捉えられる。

 

そして……気づく。確かにその瞳の色が熱によって、さっきと違った色へと変わっていることに。

 

 

(……、)

 

 

「…ティファ」

 

 

名前を呼ばれた瞬間、頭の奥が痺れる感覚が襲った。

まるで魔法だ。その声は確かにクラウドの声なのに、クラウドのものじゃないような気がした。

 

息がひゅっと止まる。ぼやけていた周りの音が、より一層小さくなる。

 

 

(え、えっと、)

 

 

どうしよう。あつい。添えられた手からクラウドの熱が伝染してきているみたいだ。おかしい、彼の手は冷たいはずなのに、どうして。

これって、もしかして…もしかして。

 

 

「…、クラウド」

「……うん…」

 

 

私が名前を呼び返したときにはもうすでに、クラウドは様子を伺うようにしながら私に顔を寄せていた。何をされようとしているのかさすがに瞬時に理解する。肩に力が入る。

 

 

(わ、わ…)

 

 

クラウドの香りがする。吐息がかかる距離。視界にうつる全部が、頭の中全部がクラウドになる。

私の全部が、クラウドのことでいっぱいになる。

 

 

「……、」

 

 

先に少し鼻先同士が触れたあと、クラウドの唇が自分のものに重なった。

その瞬間……脳のすべての動きが止められて、甘い沼の中に落っこちるような感覚に陥る。ぞくぞくとも、ぞわぞわとも違う電流が私の中を撫でるように流れていく。

 

 

(クラウド、)

 

 

ぎゅっと目を閉じて硬直する。はじめてじゃない、はじめてじゃないのにどうしたら息できるのかすらわからない。だって、肝心の脳が動いていないんだもの。

 

そんな、固まってしまっている私の緊張をほぐすように、クラウドが小さく唇を啄む。応える術なんてもちろん知るはずもなく、私はただそれを体の神経全部を使って受け止める。

 

今わかることは、自分がどきどきしていることと……キスがとても、気持ちがいいこと。

 

 

「……」

「…ん……」

 

 

唇に力を込められない代わりに、握っていた手を強く握り返す。クラウドは何も言わずその手を優しく握りなおす。

クラウドから吐息が漏れる。私は緊張して息を吸い込む。どうしよう…どうしよう。

 

 

(どうしよう)

 

 

色んな意味で、ほんとに、息が、できない。

 

 

 

 

 

 

「おーいティファ! 大丈夫か?」

 

 

そのときだった。バレットの大きな声が、私たちを思い切り強い力で現実に引っ張り戻してくれたのは。

 

どちらからともなく反射的にキスを中断する。クラウドの目なんて見れるわけもなく、私は真っ赤になったまま地面に目をやった。

慌てて呼吸を再開する。完全に頭に血が上っているのがわかる。くらくら、する。早く立ち上がって返事しないと。そう思うのに全然体に力が入らない。

 

そうやって一人心の中であたふたしていると……ぽん、と、私の肩にクラウドの手が置かれた。

 

 

 

「…?」

 

 

ぱっと彼を見上げる。クラウドはただこちらを見て小さく頷いて、私の代わりに先に立ち上がった。

 

 

「……大丈夫だ」

「ああ? んだよ、てめえかよ。ティファは?」

「掃除用具を取りに上に行った」

 

 

(な、なるほど…!)

 

 

クラウドありがとう、と、しゃがみながら気持ちいっぱいに彼を見上げる。クラウドは一瞬こっちに目配せをして頷いてくれた。

 

それから、その辺にあったお酒の瓶を2本ぐらい掴んでバレットたちのところに歩いていく。私は情けなく、しゃがんだままその背中を見送る。……おかしいな、なんであんなに余裕なんだろう。

 

 

「酒ぐらい自分で取りに来い…」

「てめえは相変わらずティファに関してはオレらに厳しいな」

「そりゃおめぇ、惚れた女にはなぁ? 優しくしねぇとな?」

「……」

「つーか実際どうなんだ、お前らはよぉ。この際全部話しちまったらどうだ? な! 今ならオレ様のアドバイスが聞ける千載一遇のチャンスだ」

「いらない。間に合ってる」

「ほほぉー……言うねえ言うねえ! 後悔するぜ、あとで泣きついても教えてやんねぇぞ?」

「……この手の話は今するな、ティファが戻って来なくなるから」

「やっぱりお前、ティファに甘いよな」

「……」

 

 

(聞こえてますけど……)

 

 

話を止めてくれたクラウドに感謝しつつ、結局すでに戻りづらくなっている状況に一人赤くなる。……というか、「今するな」ってことは、他の場所でしてるんだろうか。ちょっと聞き捨てならない会話が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

なんとなくもう立ち上がれなくなっちゃって、その場に座り込んで一人、大きく息をつく。みんなに見せられる顔に戻るまで、あとどれぐらい時間がかかるだろう。

 

 

(………お皿洗お…)

 

 

そうだ……それで、冷やしてもらおう。すっかり熱くなってしまった頭も体も。

 

 

 

 

「……」

 

バレットたちの意識がこちらに向いていないだろうことを、何となく確認してから立ち上がる。それから私は、彼らの方に目を向ける余裕もなく、ただただクラウドの置いていったお皿洗いを再開した。

 

知らないこと、ばかりだった。のぼせてしまうぐらい顔が熱くなることも……いつまでたっても鳴り止まない、心臓の音さえも。

 

 

メリーゴーランドの誘惑

 

 

(まわり始めたら最後)

(途中でとめられないことだけ、知っていた)

 

 


fin,