どうやら私には、クラウドと遭遇する才能があるらしい。
「……あ」
思わず声が漏れた、日暮れ、街での用事の帰り道。
普段あまり来ることのないエッジの住宅街の様子を一人きょろきょろしながら楽しんでいたときに、ふと吸い込まれるように視界に入ってきた人の姿。見間違うことなんてないただ一人の後ろ姿。
(クラウドだ)
大きな通りをまっすぐ進んだ先、大きな声を出せばかろうじて届くかというぐらいの距離にいる彼。クラウドは誰かのお家の前で、誰かとおしゃべりしているようだった。隣にはちゃんと彼の大きな相棒も停まっている。
少し距離があるから何の話をしているかまではわからないけれど、クラウドは明るい表情をしているように見えた。人見知りのクラウドが難しい顔をしていないということは、常連さんなのかもしれない。
近づこうかな、だけど仕事の真っ最中だったら邪魔したくないな。
悩み始める心の中、それとは無関係に高鳴る胸の中。なんとなく隠れるように道の端に寄ってから、俯く。
私の足元からは、暮れていくおひさまから生み出された長い長い影が伸びている。もうすぐこの影が一面を覆ってながい夜がやってくる。
「……」
名前を呼びたいな。こっちを向いて欲しいな。
どんどん強くなっていく胸の中の本音をエネルギーに、顔をあげてもう一度クラウドの方を覗くように見る。聞こえてくるお相手の誰かさん…おじさんの大きな笑い声。クラウドも少し笑った。遠目ではあるけれど、私に見せるそれではない笑顔に心がきゅうと音を立てる。
ほんのりとした切なさを感じた、そのとき。ふわりとクラウドのいる方角から、私の背中にあるお日様の方角へ真っ直ぐ風が吹く。
ほんのすこし強かった風にぎゅっと目を瞑る。そして、乱れただろう髪をなんとなく整えながらもう一度顔をあげた。
クラウドの横顔を見る。彼がまるで風に誘われるように、その横顔をゆっくりこちらに向ける。
おひさまとよく似合う蒼い目が私を捉える。遠いところから、確かに目は……合う。
(…あ、)
はっきりとは聞こえなかったけれど、クラウドが確かに私の名前を呟いたのがわかった。心なしか笑顔になったようにも見える。気づいてもらえた喜びについ漏れてしまう笑顔。不思議、まるで風に背中を押してもらったような、応援してもらったような。
ちょっとだけ恥ずかしくて、照れ隠しに小さく手を振って見せる。するとクラウドは、さっきまでお話をしていた人に何かを伝え軽く頭を下げてから、フェンリルをそのままに足をこちらに向け、駆け寄ってきてくれた。どうやら話を中断させてしまったらしい。彼を待ちながらふくらんでいく、申し訳ない気持ちと……見つけてもらえて嬉しい気持ち。
「っ、ティファ」
「クラウドごめんね、話の途中だったでしょ」
「いや、いいんだ……世間話だったから。驚いた。どうしてここに」
「あ……暇だったから、常連さんの忘れ物おうちに届けてきたの。そしたらクラウドがいて……」
クラウドも世間話するんだという小さな発見。だけどそれを嬉しく思う間もなく惚けてしまったのは、「喜んでくれたら嬉しいな」程度に考えていたクラウドが、私の想像していた倍の笑顔を見せてくれているから。
(こ、こんなに喜んでくれるものなんだ)
「……えっと」
「?」
「クラウドは、お仕事中……だよね?」
「あ……さっきの客で最後だった。ティファは?」
「私も今届け終えたところ。これから帰ろうとしてたの」
「そうか。なら、一緒に帰れるな」
「…うん!」
やったやった! と胸の内で私が飛び跳ねて喜ぶ。クラウドに見えないところで小さくガッツポーズする。
クラウドは私が快諾したのを確認してから、手招きをして踵を返す。向かうのは、置いてけぼりにしてしまっていたフェンリルのところ。
彼の相棒のもとへ戻ると、さっきのクラウドのお客さんはまだ外に出ていたらしく、私たちを見てにやりとした。この顔は……時々二人で買い物に出かけたときお店の人たちに向けられる顔と一緒だ。
きっと何か言われるだろうなと構えていると、案の定お客さんがクラウドに話しかける。
「兄ちゃん、これが噂の奥さんかい」
「え?」
「噂通り、兄ちゃんにお似合いのべっぴんさんだなあ」
噂ってなんのことだとか、正確に言えば奥さんじゃないんだけどなとか、色々突っ込まないといけないことがあると思いつつ、クラウドが何て返すのか気になってひとまず黙り込む。
きっと困った顔してるんだろうなと、様子を伺うように彼を見上げたら……彼は予想外にも穏やかな表情で、お客さんを見ていた。
「…お似合いというか」
「……」
「むしろ、俺にはもったいないぐらいの人だ」
(え、ええ〜……)
全く受け取る準備をできていなかった言葉に、目を見開く。足の指先から頭のてっぺんまで身体中が急に熱くなる。
当の本人は私とは打って変わって相変わらず涼しい顔をしていた。なんでそんな、当たり前のことを言いました……みたいな顔ができるんだろう。
一人で熱くなっているのが恥ずかしくって、私は取り繕うようにそのお客さんに何度か会釈して背中を向けた。クラウドもそのあと軽く挨拶をしてから、私と同じく背中を向ける。
顔を真っ赤にしている自覚があるから、フェンリルに鍵を差し込んでチェックしているクラウドの手元だけじっと見て自分を落ち着かせる。そうやって黙り込んでいると、案の定声をかけられた。
「……ティファ?」
「あ、はい!」
「…大丈夫か」
「だ、大丈夫」
「…ならいいんだが……どうする? 乗って帰るか?」
「え?」
「ここまで歩いてきたんだよな……ちょっと遠かっただろ」
乗るか? というのは、フェンリルにということ。
確かにここまで少し距離はあった。運動不足だからと意気込んで歩いたけれど、三十分はかかったぐらい。きっと彼の相棒に乗せてもらえるなら、あっという間に家に帰れるんだろう。だけど。
(……あっという間に、帰れちゃうのもな)
「…あの、クラウド」
「ん?」
「その、疲れてなかったらでいいんだけど……歩いて帰らない?」
「俺はいいけど……ティファは疲れないか?」
「私は全然平気。せっかく、その……一緒に帰るから……ゆっくり帰りたいな、なんて……」
最後の方は恥ずかしくて独りごとレベルの声量だった。おそるおそるクラウドを見上げて様子を確認すると、彼はさっき駆け寄ってきてくれたときのように嬉しそうにこちらを見ていた。ありがたいことにどうやら、意図は伝わったらしい。
「…わかった。そうしよう」
「…、ありがとう!」
「うん。疲れたらいつでも言ってくれ」
「うん、そうする」
二人目を合わせて、二人の気持ちを確認する。それから同じ方向に向かって歩き始める。クラウドはフェンリルを押して……私はクラウドという、思いもしないお土産を胸の中に抱いて。
「……」
「……」
なんだか照れくさくて、意味もなく街中を見渡したり、通り過ぎる人を観察したり、足元を見たりしながら足を進める。
隣のクラウドを見ることは、なかなかできない。家でリラックスしている彼とは違う雰囲気を感じて、今更気恥ずかしいから。同じ家で暮らし始めるまで、外の顔をしたクラウドを見ることの方が多かったのに……慣れというものは、こうも人の感覚を変えてしまうのかとつくづく思う。
クラウドを見上げる代わりに、さっきまでおひさまがあった方角の空を見上げる。
涼しく寒くなっていく夜の匂いを感じながら、誰かのおかげで冷えることのない心を、抱きしめる。
「……もう日暮れか」
「うん。…まさかだね」
「?」
「クラウドと一緒に帰れるなんて。不思議だね」
「ああ。……嬉しかった」
「…私も」
「……。ティファには、見つけてもらうことが多いな」
「ふふ……同じこと考えてた」
「もう何度目だろう……大体俺が迷子になってるか、途方に暮れてるか」
「クラウド、目立つからね。見つけやすいんだよ、きっと」
「…それだけが理由か?」
「…ううん。……それだけじゃない」
これ以上は言わせないでね。こんな街中で甘い言葉を届けられるほど、私はまだ出来た人間じゃないから。
相変わらず彼を見上げられないまま、一歩一歩大切に歩く。歩幅を変えずに歩けているのはきっと、クラウドの方が私の歩幅に合わせてくれているから。
(……)
クラウドをとても近くに感じる。家にいるときより、二人きりみたい。
「…ねえクラウド」
「…ん?」
「さっき……嬉しかったよ」
「さっき?」
「うん。お客さんに言ってたこと。……もったいないって」
「ああ……あれか」
「…もしかして、あれは社交辞令でしたか?」
「いや……残念ながら、本音だった」
「ふふふ、よかった。お世辞だったらどうしようかと思っちゃった」
「…ティファをどう褒めても、お世辞にはならない」
「……そういうの、どこで覚えてくるの?」
「? 何のことだ」
「ううん……いいんです」
クラウドのいいところでも悪いところでもある、この無自覚さ。何度振り回されてきただろうと少しだけ昔を振り返って、一人微笑む。
冗談を言い合っているうちに、ようやく自分の余裕を取り戻せてきたと思いながら、彼の横顔を覗き見る。前を向いて歩くクラウドの瞳には夕焼けのオレンジが混ざっていて……とてもとても綺麗だった。
「……」
「あのさ、ティファ……、あ……」
「…ん?」
何かの話をしようとクラウドがこちらを見る。だけどぱっちり目が合うとすぐに、今度は彼が慌てて目を逸らしてしまった。
(……?)
「……。……ティファ」
「なに?」
「……あまりこっちを見ないでくれ」
「え? あ、ごめん、嫌だった?」
「いや、違うんだ。……家の外でそんな風に見られるの、慣れてなくて」
「へ?」
「……。嬉しいんだが……。外ではちゃんと、しないといけないから」
ぼそぼそと呟きながら、さっきまであんなに私を真っ赤にさせていた人が代わりに赤くなっていく。それが夕日の赤色ではないことぐらい私にもわかる。
私も何故か、再度謝りながらもう一度目を逸らす。
ちゃんとしないといけないって……つまり、恥ずかしいっていうことなんだろうか。にやにやしてしまうってこと? というか私、どんな目でクラウドを見ていたんだろう。……うっとりしてしまっていた自覚はあるけれど。
(……)
俯きながら、いろいろ考える。いろいろ考えながら……にやけてしまっているのを隠す。
どうやら外では「ちゃんとしないといけない」と思いながら過ごしているらしいクラウドのことを思って、笑顔を堪える。
(……かわいい)
「……。…ティファ、笑うな」
「ふふ……ごめんね、嬉しくて」
「……」
「…そういう風に見ないように、気をつけます」
「……。……見て欲しくないわけじゃないからな」
「うん。わかってる」
恥ずかしがってしまった愛しい人の代わりに、どこを見て過ごそうかと空を見上げる。
目を凝らせば一番星も見つかりそうな青と赤の混ざる色を、ただ純粋に綺麗だと感じた。一秒ごとに変わっていくその色が、いつまでたっても安定しない私たちのようだと……余裕なふりして、例えながら。
「……」
「……」
「………空、綺麗だね」
「……。…ああ」
「…明日も晴れるかなあ」
「……きっと」
「…今日ちょっと寒かったでしょ」
「………うん」
「…明日、あったかかったらいいね」
「ああ……」
「……。ねえ、クラウド……、あ、」
上の空な返事だなあと思いながら、何気なく無意識に隣を見てしまった。
すると……まるでさっきと立場が逆になったかのように、いつの間にか優しい眼差しでこちらを見ていたクラウドと目が合う。今私たちの上に姿を見せ始めた星空よりも、うんと綺麗な瞳が、ただ私だけを見ている。
「……、」
一瞬視線を絡めた後、慌てて目を逸らす。また顔が熱くなる。
感じてしまったから。わかってしまったから。クラウドが何を想ってくれていたのか、伝わってしまったから。
(そんな目で見ないで、って……)
こういう、こと?
「…クラウド」
「?」
「……さっき言われたこと、クラウドにそのまま返す」
「え?」
「……ここで、そんな風に見ないで…」
「……。あ……」
「……」
「…見てたか」
「…うん」
「…すまない、無自覚だった……」
「…う、うん……」
「……」
「……」
「……。嬉しくて」
「……?」
「いつも一人だから、帰り……。ティファが一緒にいるんだと思ったら……段々、嬉しくなってきて」
ぽつぽつと話してくれるクラウド。まだ顔は熱いままだけど、どうしても顔が見たくてそっと彼を見上げる。
クラウドは申し訳なさそうに、でも喜びを隠しきれないような様子で私を見つめたままだった。真っ直ぐに向けられる、嬉しいという言葉通りの表情に……今度は目を逸らせなくなる。
「……」
「……、」
今度こそしっかりと視線が絡んだと、息をとめて感じたときにはもう、クラウドは身をかがめて私に顔を寄せていた。こんな道の真ん中で恥ずかしいとわかっていたけれど、私ができたのはただ、目を閉じることだけ。
ふわりと私に重なる柔らかい唇。触れ合っていた3秒間、時間が止まったみたいな感覚に包まれる。
睫毛を震わせながら瞳を開けると、こっちを見つめながらゆっくり離れるクラウドの顔が見えた。
なるほど。こうなっちゃうから……私たちは外であまり、見つめあっちゃいけないのか。
「……」
「……」
「……。外では、ちゃんとするんじゃなかったの?」
「…そのつもりだった。……さっきまで」
二人、照れ隠しの会話をしながら前を向く。お互いの表情を確認する必要は、きっともう、ない。
胸に手を当てて深呼吸する。あたりを見渡すことももうできない。誰かには見られていただろう事実を、確かめる勇気はないから。
だからやっぱり、空を見上げる。私たちはいつもこうやって……夜空に頼る。
「……クラウド」
「…ん……?」
「……ううん。……あっという間に夜だね」
「……ああ」
「…さすがに、はやく帰らないだめかな」
「…うん。……でも」
「…?」
「……。……許される限りは、ゆっくりがいい」
「……、」
「…次、いつ一緒に帰れるかわからないだろ」
「……うん、そうだね。……ゆっくり帰ろ」
「……ん」
もっと一緒にいたいと……たくさんの方法で伝えてくれるクラウドの隣を歩きながら、私はこっそり星空にお願い事をした。
また……この人を見つけられますようにと。
何度迷子になろうとも。たとえ、見失ったとしても。
プラネタリウムで待っていて
(瞬きをするたびに)
(その目の星が、わたしを導く)
fin,