クラウドと長く一緒に過ごすうちに、わかったことがある。それは、彼が「ザックスのおかげだ」というほとんどの能力が、彼自身の力であるということ。

 

以前のクラウドは、なんだか不思議な状況だったのだという。昔の、何に対しても自信が持てなかった本当の自分に、ザックスという絶対的な自信と勇気が混ざり合い、無理やり緩和させられたような感じ。再会した頃、確かにクラウドはちぐはぐだった。なんでも知ってるような素振りを見せるし、やたらと戦闘に関する知識も持っていたのに、みんなが知っている一般常識は知らなかったり。笑ったり、怒ったり、喜怒哀楽を表現するのに、どこか戸惑う様子を見せたり。ジェノバのせいだと言ってしまえばそれまでなのだけど、クラウド自身もきっと考え、揺れていたのだと思う。本当の自分ではなく……憧れていたあの人になりきったとき、自分はどう立ち振る舞うのかということに。

 

 

 

 

「クラウド」

 

私が少し、遠慮した声量で名前を呼んだのは、仕事部屋で何やら一生懸命計算をしていたクラウドに対してだった。集中して作業しているときは、なるべく声をかけないようにしているのだけれど、そっとしている間に時間が流れ、日付は変わってしまう。あまり夜更かしをさせたくない気持ちもあって、おそるおそる呼んだ声は、一度で彼の元に届いた。

 

「……? ティファ」

「ごめんね、作業中。もう日付変わっちゃうけど、まだお仕事する?」

「あ……もうそんな時間か」

「集中してたね」

「ん……ティファはもう寝るのか?」

「あ、うん。寝ようと思ってる。だけど、クラウドは終わってからでいいよ」

「いや、俺も寝るよ」

 

ぎい、と、クラウドが引いた椅子が鈍い音を立てる。明らかに作業途中のペンと、おそらく伝票を置いて、彼は私の元に歩いてくる。邪魔をしてしまったなあと罪悪感を覚えるけれど、家にいるときはなるべく一緒にベッドに入ろうと努めてくれているのを知っているから、何も言わずにクラウドを待つ。

 

消される、仕事部屋の電気。自然と繋がれた手。クラウドに導かれるようにあがる階段。もともと頼もしい人ではあったけれど、歳を重ねるごとに広くなっていくように感じる背中を見つめ、私は一人頬を緩める。

 

「……来月、少し余裕ができそうだ」

「え?」

 

ふとはじまる会話に、慌てて返事をする。クラウドは、私が彼に見惚れていたのに気づくこともなく、柔らかい物腰で話を続けた。

 

「…今月は繁忙が続いたから、いつもより2割近く収入が多い」

「あ……お金の話?」

「うん。店の方はどうなりそうだ?」

「お店も一緒。ちょっと多いと思う」

「そうか、ありがとう。……どこか行くか? 子どもたち連れて」

「…うん! 二人も喜ぶよ」

 

本当は私が一番喜んでいるのだけど……という、大人らしくない本音は秘密。私が快諾したのを確認してから、クラウドはぶつぶつと呟き、遊びに行く場所選定を始める。階段を登り切って、ふたりで寝室に入る頃には、クラウドなりの計画を考え終えている様子だった。

 

彼はたぶん、計算するのが得意だ。数字の計算という意味でも、先々の予定を立てるという意味でも。

 

旅をしているときも、すごいなあと思うことは度々あった。どんな状況でも冷静に分析して、私たちに的確な指示を出してくれる。よほどのことがない限り、慌てて取り乱すことは滅多になく、時には失敗した仲間のフォローもやってのけてしまう。クラウドにはそんなリーダー気質な部分があったように思う。

 

二人きりで落ち着いて話せるようになった頃、一度、聞いたことがある。どうしてそんなに落ち着いて行動できるのかって。そうするとクラウドは、どこか照れくさそうにしながら、ぽつりと一言返事をくれた。

 

『……ザックスの真似だと思う。昔の俺じゃ、こんなことできなかったから』

 

それを聞いたとき、違和感を覚えた。当事者のクラウドが言うんだ。その通りなのかもしれない。だけど、私には全部がそうだとは思えなかった。クラウドの賢さは、偽りで出来たものには思えなかったから。私はクラウドの知るザックスの10分の1も知らないけれど……彼がクラウドにくれた力は、もっと他にあるように思えたから。

 

 

 

「ティファはどこに行きたい?」

 

話の続きをふられたのは、二人で眠るベッドを整えていたとき。子どもたちのために、という話であったはずなのに、最初に私の希望を聞いてしまうのがクラウドの優しいところ。どこか楽しそうに見える彼は、ベッドに腰掛けながら、私の返事を待っていた。

 

「そうだなあ……。私は、ピクニックしたい」

「ピクニック? いいんじゃないか」

「でも、子どもたちはもっと、観光地に行きたがるかな?」

「簡単だ。どっちも行けばいい」

「ふふ、欲張り旅行だね」

「欲張れるために働いた。当然の権利だ」

「あはは」

 

おいで、とクラウドが両腕を広げる。私は、せっかくきれいに整えたベッドを、クラウドに飛び込む形でくちゃくちゃにする。二人、見つめ合いながら横になるシーツの上。自惚れてしまうくらい、うっとりと私を見つめるクラウドに……私は今日も恋をする。

 

 

 

 

クラウドがクラウド自身を取り戻して、見方によっては「長い」と思える時間が経った。

 

彼自身を欺き、そしてある意味で彼自身を守ってきた「擬人格」と呼ばれる影はもう、クラウドの中のどこにもない。すべてを取り戻したあの海の中に、クラウドは放ってきた。残酷で冷徹な目も、クラウドが、クラウド自身ではないと判断した振る舞いも。だけど、クラウドが私たちに見せてくれたほとんどの姿は、クラウドの中に残った。あるものは意図的に……ものによっては、無意識に。

 

クラウドと長く一緒に過ごすうちに、わかったことがある。それは、クラウドが本当に優しい人だということ。勇気のある人だということ。ときには冷静で、人見知りで、一見そっけなく見えるところもあるけれど、本当は仲間のことが大好きな、なんでもない一人の人間であるということ。

 

クラウド。私は思うの。きっと、あなたを好きな人は誰も、あなたを何も出来ない人だと思ったことはない。私たちが好きになったあなたの姿に、偽りなんてどこにもない。もしかしたらあなたは、ザックスの勇気を借りたことがあったかもしれない。セフィロスの背中に憧れて、目標にしたこともあったかもしれない。それでも、例えそれが背伸びだったとしても、クラウドはクラウドだった。どんなときも、どんな場所でも、クラウドはクラウドであり続けた。

 

あなたが……嘘であったときなんて、本当は一度もないんだよ。

 

 

 

 

「……クラウドはすごいなあ」

 

ひとり。頭の中で回らせていた想いを、目の前の人に突然ぶつける。なんとも不親切な言葉のボールだと思う。きょとんとするクラウドは、私が何を考えているかなんて知る由もないのだから。

 

「ふ……突然どうした」

「ふふ。思うところあって」

「…そう言ってくれるティファのおかげで、何とかやってるよ」

「そう? みんな思ってるよ」

「…それは有難いけど……ティファのだけで、十分だ」

「欲がないなぁ」

「むしろ、欲の塊だ。独占欲とか、その辺の」

「それは……お互い様だから、いいの」

「…ティファ」

 

ふわりとクラウドが笑う。子どもの頃より、旅の最中より、ずっと上手くなった笑顔。クラウド自身が育ててきた、クラウドの温かさ。

 

そのそばで、あなたを見守れることを、私は心の底から嬉しく、光栄に思う。例えほんの数ミリでも、クラウドがクラウドである理由の一部になれているのなら、そんな幸せなことは他にないのだから。

 

 

 

 

私たちは、当たり前のように唇を重ねて、想いを共有する。そして、当たり前のように体を重ね、ここで生きていることを確かめる。

 

抱きしめたクラウドの背中は、どんなときでも、あたたかかった。どんなときも、クラウドはクラウドだった。

 

 

 

まっしろ色の雲は立つ

 

 


fin,