ふわふわと体が、じょうげに揺れている。
さっきまで私はどこかに…椅子に座っていたはずなのに、おかしいなあ。からだが縦ではなく横向きだ。
でも寝転がっているわけじゃない。だけどやっぱり、じょうげに揺れている。私の体は宙に浮いている。ううんこれは誰かの腕によって、運ばれてる?
目を開こう。そしたらきっといま何が自分に起きているのかはわかるはず。
心の中でそう思っても、夢から抜け出すまでタイムラグがある。でもほら、これが夢だって気づいているから、出口はあと少し。
(………)
ふわふわと、あたたかい、私のものではない体温をそばに感じる。
私を抱える腕? 私が寄り添う誰かのからだ?
誰? これは誰の、ぬくもりだろう。とてもあたたかい。とても安心する香り。この香りは? だれ?
ううん、私は知ってる。
この香りは、このぬくもりは、この人は。
「…………」
ゆっくりゆっくり目を開ける。夢から戻ってきてすぐだから、思考はまだ置き去りだ。
夢の中で感じた温もりを現実の今にも感じて、思考よりも先に五感が目を覚ます。
視界はやっぱり上下に揺れている。そしてその高さもゆっくり変わっていく。…私は、私たちは今、階段を登ってる?
顔をあげなくたって、目をぱっちり開ききらなくたって…今自分が誰の腕の中にいるのかは、すぐにわかった。
「………」
「…」
「………くらうど……?」
「…あ……起こしたか」
頭上からする声に導かれて、私は視線を上にあげる。やっぱりそこには夢のなかから感じていていたクラウドがいた。
とくとくと、自分の心臓が動いているのを感じながら息をはく。どうやら私は今、クラウドにお姫様抱っこをされてどこかに運ばれている最中らしかった。
思考がそろそろ現実に追いついてくる。そもそも、なんで私は寝てたんだっけ。今何時? どこに運ばれてるの?
「………」
「…まだ寝ぼけてるな」
「……えっと………あ……」
「…」
「……おかえり、だ」
「うん……合ってる。…ただいまティファ」
(そうだ私、待ってたんだ。帰ってくるの、クラウドが)
クラウドがおかしそうに笑みをこぼしながら私を見下ろす。
思考がふわり、私の頭の中と重なる。どんどん状況の情報が私の中に入ってくる。時刻は…私が思い切り眠ってしまっていない限り、日付を跨ぐか跨がないかといったところだと思う。
私は確か、別に、何の理由もなく、クラウドの帰りをお店で待っていた。待とうと思った時にまだ眠くなかったのと……多分、きっと、会いたかったのと。
(…それでそのまま、寝落ちちゃってた……?)
「……う」
「?」
「ご、ごめんクラウド……私寝てたね……」
「いや、こっちこそ。遅くなってごめん」
「ううん……勝手に待ってただけだから……」
「何かあったのか?」
「…えっと……何もない……」
(…は、恥ずかしい……)
何もないのに勝手に待ってて、何もないのに寝落ちして。そして帰ってきて疲れているはずのクラウドに運んでもらっている。ただただ、恥ずかしい。クラウドが声もなく笑ってくれたのがわかった。
恥ずかしすぎたので、ようやく動かせた両手で自分の顔を覆う。よだれとか出てなかったかなという心配も兼ねて。
(……)
改めて両手の中でそっと目を閉じる。そしてクラウドの体温を、クラウドの香りを感じる。
クラウドの腕によって宙に浮かされて、揺れるからだがとても心地いい。きっと赤ちゃんの時に感じていた大事な大事な感覚を、まさか大人になってからこんな風に感じることになるなんて。
そうやってからだの力を抜きながら、眠る前に感じていたはずの寂しさが、いつの間にかとてつもない安心感にすり替わっていることに気づく。
あたたかさが、じんわりと涙のように染みる。
「……もう寝る、よな?」
「え……?」
階段を登ってもらって、子どもたちの部屋を通り過ぎたあたりで、クラウドが私の顔を見てそう尋ねた。とても涼しげな表情だから、とくに他意はなさそう。
「今勝手に、ティファの部屋に運ぼうと思ってるんだが……構わないか?」
「あ……」
「もし他にしなくちゃならないことがあるなら、降ろすけど」
「……クラウドは?」
「俺も、シャワーを浴びたらすぐに寝る」
(……、どうしよう)
安心し切っていた心の中にふと現れた「もう少し一緒にいたい」という、よからぬ私。
私にも別に他意はない。ただ、もうあと1分もしないうちに、クラウドにおやすみを言わなければいけない今の状況を、寂しく思ってしまった。
言って、いいかな。これって大丈夫かな。クラウド困ったりしないかな。
(………)
「…ティファ?」
「………あの………えっと……」
「……」
「……や……やっぱり、いい」
(ああ……いくじなし)
相変わらず、この手の最後の一歩が踏み出せない。今晩後悔するんだろうな。意図せずさっき睡眠をとってしまったから、眠気はすっかりどこかに行ってしまってるし。
そうやって一人、クラウドの腕の中でしゅんと体を丸めたとき、思いもしない言葉がクラウドから溢れた。
「……あと30分ぐらい、待っててくれるか」
「え?」
「…眠くないか?」
「う……うん」
「俺の部屋でいいか」
「は、はい」
こ、これはどういうことなんだろう。何が起こってるんだろう。…クラウドがひょっとしなくても、察してくれた?
急に降ってきた喜びに、眠気を完全に吹き飛ばす。腕の中で顔を赤らめる私を見て、クラウドが少し首を傾げる。
「…ティファ?」
「……なんで………わかったの?」
「あ……なんとなく」
「なんとなく……」
「間違ってたか?」
「間違ってない……」
「そうか…よかった」
「……クラウド、いいの……? 迷惑じゃない?」
「…迷惑だって思ってると思うか?」
冗談まじりにそう言ってくれたことを安心しながら、私はただふるふると首を横にふる。
嬉しい、嬉しい。何も言えなかったのにわかってくれたことが何よりも嬉しい。……伝わっていたことは、少し恥ずかしい。
今度は嬉しくて、私は両手で顔を覆う。クラウドがそんな私を見てほんの少し微笑みをこぼしながら、器用に足で閉まりかかっていたクラウドの部屋の扉を開ける。
「……。…思わぬ……」
「ん……?なあに」
「いや、なんでもない」
おでこにキスが落ちる。改めて見上げたクラウドが嬉しそうな顔をしてくれているから、私はほっとして身を寄せる。
私はまだ気づいていない。私の思う「一緒に過ごしたい」とクラウドの思うそれが、やや、ずれていることに。
だけど未来の私は多分、まあいいかと笑っているんだろう。クラウドの体温に触れていたいという私の願いは、ちゃんと叶えられたのだから。
レースの布で包んでちょうだい
fin,