「……あ」

 

気づけば足元まで近づいてきていたその生き物と、目が合うとはこのことかと思うほどしっかり目が合った。それは大量に届いた店用の材料を、裏口から黙々と室内に運び込んでいた昼下がり。

今持っているものをよこせ。そう言いたげに灰色の猫が俺に向かってひと鳴きする。何のことを言っているのかと自分の抱える箱を見れば、そこには「ツナ缶」と書かれていた。

 

「……お前、この匂いがわかるのか」

 

素直に感動しつつ、箱を抱えたまま猫の目線に合わせてしゃがみ込む。逃げられるかと思いつつ指を伸ばしても、こいつは微動だにしない。

 

「……」

「……」

 

何やってる、早くよこせ。催促するようにさらにひと鳴き。甘えているのか命令しているのかわからない生き物を見つめながら思い出すのは、遠い遠い雲の向こうにある記憶。

 

(……)

 

「…悪いな。これは多分、あんたは食べない方がいい」

 

それだけ呟いて立ち上がる。猫は俺の言ったことがわかったのか、不機嫌そうにもうひと鳴きする。わかってる、腹が減ってるんだろ。こうやって一方的に餌を強請られる経験は初めてじゃない。

 

「……。ちょっと待ってろ」

 

このまま何もやらず追い返すのもどうかと思い、手に抱えていた荷物を適当な位置に戻し、猫に声をかけてから一度室内に戻る。それからキッチンで荷解きをしているティファを横目に、ティファの背後にある冷蔵庫を開けた。取り出すのは牛乳と……熟れたミニトマト。

 

(……これなら確か)

 

「…あれ、クラウド?」

「…あ」

「どうしたの、野菜なんか手に持って……お腹減った?」

「いや……そうじゃないんだが」

「? あ、牛乳も」

「……。これを欲しがってるやつがいるんだ」

「……?」

「…ついてくるか?」

「うん」

 

きっと、わけのわからないことを言っているのであろう俺を問いただすことなく、嬉しそうに背中についてきてくれるティファ。でも、その辺にあった底の浅い皿を借りて牛乳を注いだあたりでティファは何かを察したらしく、「ああ」と上機嫌に手を合わせた。

 

「なるほど。気に入ってくれるといいね」

「……うん」

「……。ねえもしかして、うちの子にもあげてくれてた?」

「……どうだったかな」

「もう」

 

背中を優しく小突かれながらティファと一緒に歩く。再び裏口に出ると、猫は行儀良く餌がくるのを待ってくれていた。

皿とトマトを置くや否やすぐに食事を始める猫を、ティファのとなりでただ見つめる。この警戒心のなさは、散々手こずらせてくれた記憶の中の猫とは正反対かもしれない。

 

「……これっきりだからな。次は自分で探せ」

「…ふふ」

「…ティファ?」

「……だいじょうぶだよ。クラウドこんなこと言ってるけど、ほんとは優しいからね」

「……。優しければいいっていう話じゃない」

「ふふ、はいはい、そうですね」

 

こちらの助言に全く耳を貸さないで、目の前に出された食事に夢中になる猫を、俺たちは何もせずただ見守っていた。

はっきり言葉に起こさなくても、思い出は確かに今、なんの変哲もないこの日々に重なっていた。

 

 

 

名がつく前の子守唄

 

 

 


fin,