シャワーを浴びたい、というティファの要望を聞いてからすでに十分は経っている。

 

ベッドの上、ティファは横になったまま、俺に背中から抱きしめられる形で捕まっている。なんとか抜け出そうと、さっきから腕の中で動いているのはわかるが、こちらも全く力を緩める気がないので徒労に終わる。

 

さっきまでお互いかいていた汗も引いてきた。部屋の暑さもあいまって二人の体温は明らかに高いのに、直に触れ合う肌は冷たい。心地がいいとは言わないが、悪くはない。

 

「……クラウド」

「…うん」

「うん、じゃなくて……」

「うん」

 

たまに、こういうときはある。

 

偶然二人、朝というよりまだ夜といえる時間に目覚めて、触れ合っているうちにその気になった。汗だくになって朝からシャワーを浴び直さなければならないこと以外は、ティファも嫌ではなかったと思いたい。

 

二度寝をするには遅すぎる時間。だがまだ、ティファと一緒にいられる時間。

そこから遠慮なく抜け出そうとするティファを、捕まえない理由は、申し訳ないがない。

 

「…ん、ちょっと」

 

背中に小さく贈っていたキスを目の前にある首筋にうつす。たっぷりとした髪を分け、それに歯を立てずに噛みつく。汗の味がするはずなのに、ティファはどこもかしこも甘い。

 

ティファがぴくりと反応したのを確認してから、そのままその綺麗な髪を手で束ねて持ち上げると、白いうなじが覗く。

普段はあまり見られないからか、そこはあまりに勿体のない部分に見える。

 

(…そういえば)

 

こう暑くなってくると、ティファはたまに髪を束ねて店先に出ることがあった。

 

いつもと違う雰囲気に一人どぎまぎしていたのも束の間、客……特に男共からの視線が明らかにうなじに移っていることに気づいて、ティファに「できればやめてくれ」と懇願した一年前の夏を思い出す。

 

あのときはティファは首を傾げながら了承してくれたが、おそらくもうそんな依頼は忘れているだろう。今度またいつ束ねるかわからない。

 

(……)

 

それはあまり、面白くない。

 

そう思いながら、汗ばんだうなじに再度唇を寄せる。そしてそのままティファの了解も取らずに少し歯を立てて、強く肌を吸い上げた。すると、ティファが明らかに機嫌の悪い「あ」を発する。

 

「クラウド」

「ん……?」

「…つけたでしょ」

「……」

「そんなとこにつけたらだめだって前も……っあ、また、」

「…大丈夫だ。うなじにしかつけてない」

「…なにもだいじょばないです」

「髪を下ろしていたら見えない」

「…髪括るなってこと?……クラウド去年もそんなこと言ってたね」

「……」

「暑いから束ねたいのに」

 

どうして。そう不機嫌に呟くティファ。

 

あまりの鈍感さに少し苛立ちを覚えつつ、身体を起こしてティファの顔を覗く。ティファは油断していたのか、俺に見下ろされると急に恥ずかしがった。

 

「…言わないとわからないか」

「……、クラウドが心配してるようなこと、ないよ」

「…ティファはわかってない」

 

自分がどれだけの存在か、どういう風に見られているのか、いつまでたってもわかっていない。

俺がいつもどういう思いでティファを見守っているのか、何も気づいていない。

 

(…まあ、それは別に知らないままでもいいが)

 

そんなことを考えているうちに、俺が少し怒っていることに気づいたティファが、困ったように目を泳がす。

少し怖がらせてしまったかもしれないと思い、その頬に手を添えてなるべく優しく口付けをすると、体の緊張は少し和らいだような気がした。

勝手を言ってごめん。額にも、キスを落とす。ティファは、嬉しそうに笑ってくれる。

 

「…クラウドって意外と……」

「?」

「…ううん、なんでもない」

「……意外じゃないと思うけどな」

「え?」

「…ティファに関しては、ずっと我儘だ」

「……。…自覚あるの?」

「…あるだけましだろ」

「ふふ……うん」

 

わかってる。自分のティファに対する独占欲も、たまに自ら恐ろしいと思うほどの真っ黒な感情も、全部、わかってる。長い年月をかけて育ってきたそれを、俺はもう無視することができない。

 

「…でも」

 

俺に唯一できることは、いまだ透明であり続けるティファを、決して濁してしまうことのないようにすることだけかもしれない。

 

「……」

「…嫌じゃないよ。クラウドが我儘なの」

 

少し照れくさそうに、ティファは小さな声で告げる。その言葉にまた、体が熱くなる。

 

「……そういうことを、言わないでくれ」

 

本当に、自分の欲望を制御できなくなる。

そういう意味を込めて呟いてから、さっきよりも深いキスを小さな唇に落とす。…いよいよ、シャワーどころじゃなくなってきた。

 

 

 

 

俺の腕はもう、ティファを拘束していない。だけどティファは離れなかった。

 

いつだって、熱に浮かされている俺を拒むことはなかった。その手は、その体はいつも、子どものような俺を受け入れてくれた。

 

 

 

  

 

牙と子犬

 

(僕はいつも、僕から君を守っている)

 

 

 

 


fin,