「…最近、上手くいってるのか?」
アイスコーヒーの入ったプラスチックカップの結露を拭いてから、ティファに手渡す。ティファは礼を言ってから俺の方を見ないまま、嘘っぽい笑顔をつくった。
「ん……どうだろ」
「……」
ティファは多分いま「嬉しい」類の感情を抱いてはいない。だから本当は心配すべきなのはわかっている。だが心は正直で、「上手くいっていない」ことを匂わせるティファの反応に、俺は逆に「嬉しい」という感情を抱いてしまっていた。
「……微妙な反応だな」
それを悟られないようにリアクションをしながら、ティファの腰掛けるベンチの隣に座る。昼下がり、平日、川辺の新しくはないベンチ。人通りはそれなりに多いが、俺とティファの話を聞いているのはお互いだけだった。
「……」
「…何かあったのか」
「…ううん、その逆。何にもないの。……一緒にいる時間は長いんだけどね」
「……」
「やっぱり、魅力ないのかなあ……あはは」
「……」
どうやらティファが想いを寄せる男は鈍感か、よほど失礼な奴らしい。
名前がわかればすぐにでも文句を言いに行きたいところだが、それが自分にとって吉と出るのか凶と出るのか想像できず、考えるのをやめた。
(……)
ティファが幸せであればいいと思う。ティファに笑っていてほしいと思う。だが、ティファを笑わせる人間が自分以外でもいいのかと問われると、首を縦に振ることができない。理由は……自分が一番わかっている。
奪ってしまえばいいと、欲に忠実な自分が囁く。だけどそんな衝動はいつも、ティファを大事に思う別の自分が阻止する。人でなしだと思う。奪いにいく勇気もないのに、親切心を装ってティファのそばに居ようとし続ける自分は。
「…ティファ」
「ん?」
「ティファは魅力的だ。…他の誰かが気づかなくても」
落ち込むティファに付け入るような自分の行動に罪悪感を抱きつつ、思っていることを素直に伝える。ティファを励ますくらいなら、俺にだって権利はあるはずだ。そう自分に言い聞かせながら。
「…クラウド」
ティファは俺をじっと見つめたあと、困ったように微笑んでみせる。その笑顔にはほんの少しの喜びと、寂しさのようなものが混ざっている気がした。
「……ずるいなぁ、もう」
「…?」
「ありがと。クラウドにそう言ってもらえるのが、一番嬉しい」
一番、という言葉に心臓がドクンと跳ねる。つい目を逸らしてしまったのは口元が緩みそうになったから。ティファに認めて欲しくて今日までやってきた俺にとって、その言葉は何よりもの喜びだった。
だけどもう少し笑顔を見ていたくて、無理に平然を装いながらティファへ視線を戻す。
ティファは何かを訴えるような目で俺を見ていた。俺も……ティファに想いを訴えたくて、その宝石の目を見つめ返した。
(……ああ)
何もかも壊して、伝えてしまえればいいのに。
どれほどティファを想っているのか。ティファが俺にとって、どれほど大切な人なのか。
「…ねえ、クラウド」
「…ん?」
「……。…ううん、なんでもない」
「…ティファ?」
「それより、いいの? 私と時間潰しちゃって……」
「…どうして」
「だって、クラウドも……一緒にいたい人がいるんじゃない?」
「……いや。……俺はここがいい」
「……?」
一緒にいたい人。それがティファだということを、いつ伝える日が来るのだろう。返事をはぐらかす日々は、いつまで続くのだろう。
時間は無限ではない。限られた時の中で、いつかティファは俺だけを見てくれるようになるだろうか。他の誰かではなく俺の手を、ティファが自らとってくれる日が来るのだろうか。答えはティファにしかわからない。わからない、けど。
「…クラウドは優しいね」
アイスコーヒーを少しだけ残して、俺より先にティファはベンチから立ちあがった。
目の前、夕日となって落ちゆく太陽と重なった眩しさで、俺はティファを直視することができなかった。
結露
fin,