帰宅してからずっと、ティファがそわそわ落ち着かない。

ただいまを告げたときも言いことがあるような顔をしていたし、遅めの夕飯を出してもらったときも、何かに気づいて欲しそうにじっと俺を見つめていた。

だが、どうしたと尋ねても大袈裟に首を振る。なんとか目を合わせても逸される。……これは、俺が自分で正解を見つけて行動に移すまで、答えが判明することはないと見た。

 

 

 

 

「あのね今日、たまたまジョニーが店に顔出してくれて……」

 

 

この世で一番うまい夕飯を口にしながら、ティファの今日一日の話を聞くいつもの夜。この店には……いや、ティファの元には日々人が集まるから毎日違う話が生まれる。ジョニーが来た、ユフィから連絡があった、家族連れの貸切だった、コルネオの元手下が顔を見るなり逃げていった……。時々聞き捨てならない話も混ざっているが、それでも一日の話をしているときのティファの楽しそうな顔は格別だから、大体は話を遮らず耳を傾けることにしている。

 

 

「ジョニー?」

「うん。買い出しに来てたんだって。ついでだって言って寄ってくれて」

「……ついでは嘘だな」

「え?」

「いや。それで?」

「あ、そのときにね、沢山お野菜お裾分けしてくれたんだ。……ほら、クラウドが今飲んでるカボチャのポタージュもジョニーのカボチャから作ったんだよ」

「……」

「もう、急に不味そうな顔しないで。今度会ったとき、お礼言っておいてくれない?」

「……うん」

「ふふ、ありがとう」

 

 

ずず、と音を立てて飲むポタージュ。ジョニーの下心が混ざっていると思うといたたまれない気持ちになるが、ここはぐっと堪えて純粋にこの温もりを味わうことにする。

 

そんな話を聞きながら、にこにこと上機嫌なティファを観察する。ジョニーのことで何かあったのかと思ったが、簡単に話してくれたあたりあいつは関係がなさそうだった。ティファは後ろめたいことがあったらそのヒントになるような言葉も口にしない癖がある。例えば……客に嫌がらせをされたとき、その日の客の話は一切しない。理由はわかっている。心配をかけたくないから。そして……十中八九、俺がティファを傷つけた相手に憤りを向けるから。

 

 

(……じゃあ今、ティファは何を隠してる?)

 

 

「ね、ポタージュ美味しい?」

「…え? あ……うん。うまいよ」

「よかった」

「……ティファ」

「ん? ……あ、おかわり欲しい?」

「……。…欲しい」

「わかった。ちょっと待っててね」

 

 

話を聞き出そうとしたが、無意識なのか話題を逸らされた。ティファは嬉しそうに俺から器を受け取りキッチンに戻っていく。始終笑顔が絶えないところを見る限り、悲しいことや悔しいことがあったわけではなさそうだ。元気がないときのティファは、気持ちを必死に隠そうとしているのがすぐわかる。視線が下を向きがちだし、ばれることを恐れているのかそもそも俺とあまり話をしようとしない。その点今日ティファはよく喋ってくれている。いつもよりむしろ多いくらいだ。

 

 

(……嬉しいことでもあったのか)

 

 

なら、どうして隠そうとするんだ。鼻歌混じりにポタージュを温め直しているティファをじっと見つめながら首を傾げる。

 

それから考えを巡らせる。ティファが嬉しい気持ちを隠すとき、今までどんなことがあっただろう。記憶にあるのは俺が予定より早く帰宅したときや、二人の休みが被ったことを告げたとき。思いつきで贈り物を渡したときや、一緒に飲もうと誘ったとき。

そこまで思い出してから、自意識過剰な共通点に気づく。

 

 

(……俺?)

 

 

「……」

 

 

キッチンでポタージュを見守るティファを確認してから、そっと立ち上がる。食事中に席を立つのはマナー違反だと、マリンがまだ起きていたら怒られるところだろう。それから音を立てずにキッチンに近づく。視線は一度もティファから逸らすことはない。

ティファが俺の接近に気がついたのは、俺に背後から抱きしめられる直前のことだった。

 

 

「…え? っ、わ! く、クラウド……!」

 

 

細い腹部に腕を巻き付けて、ぎゅっと体を抱き寄せる。ティファが慌てて鍋をひっくり返さないように、できるだけ強く腕の中に閉じ込める。

最初は流石にじたばたしていたティファだったが、俺がその肩に頭を預けるころには落ち着いて、体の力を抜いてくれた。

 

 

「もう、びっくりした……」

「…嫌か?」

「…嫌だったら振り解いてます」

「……なら、よかった」

 

 

話を聞きだす前にもう少しこの温もりに浸っていたい。ティファの様子を伺うために抱きしめたものの、案の定俺自身をも包む喜び。

我儘を思う最中、ティファは何も言わずにポタージュを温めていたコンロの火を切る。いつもなら「危ないからやめて」と俺の方を制するのに、今日は知らない間に火に勝つことができたらしい。

そうやって間抜けなことを考えていたときに、ティファは小さく咳払いをした。

 

 

「…えっと、その、クラウド」

「…ん?」

「……ちょっとだけ、力緩めてもらってもいい?」

 

 

苦しかったか。そう思い、言われた通り抱きしめる力を緩める。離れてくれとは言わないことを良しとしながら。

自由に身動きが取れるようになったことを確認したティファは、くるりと腕の中で体の向きを逆転させ、俺と向き合うような形になる。

ティファが大きく腕を伸ばし……俺の首を勢いよく抱きしめたのは、そんなティファにキスをしようかと一人勝手に迷っていたときだった。

 

 

「…っ、ティファ」

「…ふふふ」

 

 

まさか抱きしめ返されるとは微塵も思っておらず、思わず名前を呼ぶ声が上ずる。驚いたからという理由もあるが、何よりもティファから求めてくれるのが嬉しかったからだろう。

溢れ出す想い。抱きしめてもいいことを悟り、改めて、今度こそ、腕に力を入れ直す。耳元でティファも満足そうにため息をついた。

 

 

「…へへ。……嬉しい」

「……ティファ?」

 

 

何が? 言葉の真意を確かめるため顔を覗き込む。何かを隠し続けているティファが、ようやく漏らした「嬉しい」の言葉の意味を辿るために。何をすればティファが喜んでくれるのか、ちゃんと記憶に残すために。

ティファは頬を染めたまま俺を見上げ、目元を緩ませて答えを教えてくれた。

 

 

「……ずっとね、待ってたの」

「…?」

「……クラウドが、抱きしめてくれること」

「…え?」

「今日はね、なんだかずっと……そうしてもらいたい気分だったから」

 

 

まさかの答えに、胸が愛おしさでいっぱいになる。予期せずティファが落ち着かなかった理由に辿り着いてしまったことも、返事をすぐしてやれない一因になってしまった。

そんなことならいつでもするのに。例え頼まれなくともいつも抱きしめたいと思っているのに。自分から強請らないのがティファらしくもあって、つい想いを増幅させてしまう。

 

 

「…そういうことだったのか」

「え?」

「いや……これくらい、言ってくれたらいつでもするのに」

「…してもらいたかったの。……言葉でお願いしなくても」

 

 

小声で告げられる素直になれなかった理由を聞いて、喜びで寿命が縮まるのではないかと思った。

そう感じてしまうくらいに急上昇する心拍数。だけど身動きひとつ取れないのは、ティファが願ってくれた今の状況を一秒でも長く続かせてやりたいから。俺には到底……ティファの願いを遮ることはできない。

 

 

「……。…ありがとクラウド。……ごめんね、ポタージュ温め直すね」

「…もういいのか?」

「……よくは、ないけど」

「…じゃあまだ、もう少し」

「……。ポタージュ冷たくなっちゃうよ」

「…冷たくてもうまい」

「もう……屁理屈言って」

 

 

もっと広い場所がこの家にはあるのに。誰も見てやしないのに。何なら、上にあがればベッドもあるのに。

 

俺たちはときどき、小さな声で会話をしながら、狭いキッチンの一角でずっとずっと抱きしめ合った。ティファの願いを叶えることは、いつだって俺に一番の幸せをもたらしてくれた。

 

 

 

マッチはいらない

 

(たとえここに、火がなくとも)

 

 


fin,