カウンター席。隣に配達屋が座った瞬間の緊張感は半端ではない。
隣の席からは「どうも」も「いらっしゃいませ」も何もない。今しがた、閉店間際の店内に現れた配達屋は、オレの存在をフル無視し、真っ直ぐティファちゃんとアイコンタクトする。さっきまでオレと話をしていたはずのティファちゃんは、そんな配達屋に「わかった」とだけ呟いてかわいく微笑んでみせる。
(……え? 今なにがわかった?)
「お客さーん」
「……え?」
「ごめんなさい。さっき注文聞きそびれちゃってたね」
「へ、あ、ああえっと……」
「?」
「こ、この人と同じの……」
「クラウドと? ふふふ、わかりました」
(いやいや何言ってんだオレは)
急に話しかけられてビビった挙句、一番ややこしいオーダーを出した自分を恨む。
案の定、隣の配達屋から刺されたら血が出るんじゃないかと思うくらいの視線を感じる。きっと今横を向いたら目を焼かれて死ぬ。
カウンターの向こうのティファちゃんはそんな空気を察することなく、オレたちに背中を向けて鼻歌混じりに酒を作り始める。ドンと、配達屋が拳を机に叩きつけたのは、ティファちゃんが背中を向けた直後だった。
「ひい!」
「…………あんた、どこの人間だ」
「え、ええ、えっと」
「この街の人間じゃないな。……何しにきた?」
「な、何しに? ま、街外れのジョニーってやつから教えてもらって……」
「……。あいつか」
絶対につまみ出されると思った矢先、ジョニーの名前を出した途端にゆっくり引っ込んだ拳。表情が和らいだところを見るにどうやら知り合いらしい。……あいつの名前を出して穏やかな顔をされたのは生まれて初めてである。
この男の言う通りオレはエッジの人間ではないが、噂は聞いていた。やたら美人な女性が運営するこのバーの話も、一緒に住んでいるやたら腕の立つ配達屋の話も。嘘か誠か、世界を救った勇者みたいな言われ方をしているのも聞いたことがあるくらいだから、只者じゃないとは思っていた。今こうして隣の席で、身を持って「只者じゃない」オーラを体感しているわけだが。
「はい、お待たせしました」
噂の美人、ティファちゃんがこっちを振り返ったときにはもう、配達屋はオレを睨むのを止めまっすぐ彼女に視線を送っていた。恐る恐る盗み見した配達屋の目つきは穏やかで優しく、さっき明らかにオレを刺そうとしていた男のものとは思えなかった。
「ティファ」
ティファちゃんが二人分の酒を用意してくれた頃、配達屋は柔らかい声で彼女の名前を呼ぶ。名前を呼ばれたティファちゃんは、オレにサービススマイルをくれたあと、カウンター越しの配達屋に寄り添うように身を乗り出す。
「おかえり、クラウド」
「ただいま」
「思ったより早かったね」
「早く済ませてきた」
「ふふ、お腹すいた?」
「うん」
(……ええ〜…)
思わず凝視してしまうのは、二人が当たり前のようにスキンシップを始めたから。
さりげなく差し出されたティファちゃんの手をとって、配達屋は彼女を見つめながらその指に口付けを送る。ティファちゃんもティファちゃんで、自然に奴の頬にその手を添えて、猫をあやすように撫で始める。
ものの五秒で変わる店の空気。オレの第六感が警告する。「さっさと離脱しろ」と。
「テ、ティファちゃん、オレそろそろ……」
「どうした」
「へっ」
「もっとゆっくりしていけばいい。……それ、うまいぞ」
「あ、は、はい! でも……」
「ごめんなさい、口に合わなかったかな…」
「……合わないのか?」
「いえ! 美味しいです!」
ほぼ脅しに近い状況。背中が変な汗をかいているのがわかる。ほっとしたように「よかった」と笑うティファちゃん。君の目の前の男が今、オレに対して「まずいと言ったら殴る」という顔をしているのには気づいていないようですね。
オレが勢いよく明らかにキツい酒を飲み干したのを見届けた配達屋は、何事もなかったかのように視線を彼女に戻す。ティファちゃんは優しいので、オレが一気に酒を飲んだことを心配して「お水いる?」と声をかけてくれる。ありがたく頷けば、彼女は水を注ぎにぱっとその場を離れた。
「……おい、あんた」
「ひい!」
そうしてティファちゃんバリアが解かれた瞬間、再びドンと机を鳴らす奴の拳。ああ、ジョニーの話をもうちょっと真面目に聞いておくんだった。あいつは確かに忠告してた。「クラウドの兄貴がいるときは振る舞いに気をつけろ」って。
「……別に、店に通ってもらって構わないが、これだけ言っておく」
「へ……」
「…ティファの名を、軽々しく呼ぶな」
「は…、はい!」
百点満点のオレの返事を聞き届けた配達屋は、満足したように立ち上がる。それからオレと同じように一気に酒を飲み干して、ティファちゃんのいるカウンターの向こう側に歩いて回る。……なんで名前も呼ばせてもらえないのかなんて冷静に考えちゃダメだオレ。首が飛ぶ。
「? クラウド」
「…ティファ」
「どうしたの? …あ、お酒もう飲んじゃったんだ」
「ああ。……おいしかった」
「あれ、お気に入りだもんね。ご飯はお店終わってからでもいい?」
「うん。店手伝う」
「ありがと。じゃあ、お皿お願い」
「わかった」
一連の会話のあと、挨拶するように交わされる口付け。お客からは見えない位置だからいいや……じゃないぞ、カウンター席からはばっちり見えてるぞ。そんなツッコミを入れられるわけもなく、オレはただ黙ってティファちゃんが水を持ってきてくれるのを待つばかり。
「はい、お待たせしました」
「あ、ありがとう御座います…」
「ゆっくりしていってね」
「はい……」
上機嫌のティファちゃんから無事水を受け取ったあと、どう考えたってかわいい笑顔に見惚れる。皿洗いに転職した男からさっそく痛い視線を感じるが見惚れるくらいは許して欲しい。あんたがそんなに必死になるほど、彼女は魅力的なのだから。
残っていたわずかなアルコールをちびちびと飲みながら、ジョニーに話すことを考えた。お前の店はオレみたいな破れた男に需要があるぞ。そんな冗談みたいな本当のことを伝えようと、一人、心に決めながら。
ひまわりまもる宝箱
fin,