「はーい」
他のどんな人よりもつい心躍らせてしまう来客の到着に、胸を高鳴らせながら玄関まで小走りする。高頻度ではないにしろつい習慣にしてしまった配達の依頼。彼が突然来ても慌てないようにサイン用のペン置き場まで作ってしまったほど。隠すことは何もないけれど、家族にはほんの少しだけ言いづらい、昼下がりのささやかな楽しみ。
「はいはい」
パタパタとスリッパを鳴らす。今日はどんな話を聞いてみようかと思いを巡らせながらペンを手にとる。今朝から天気はいいから、配達日和なのではないだろうか。どしゃぶりの日にお願いをしても、顔色一つ変えずに……晴れていても曇っていても大体が無表情なのだけど……荷物をきちんと届けてくれる彼も、心の中は機嫌がよかったりするのだろうか。
「はい、お待たせしました、」
どうしたってわくわくしている自覚をしながら、玄関の重い扉を押し開ける。
眩しい日差しの中、少しだけ目をこらしながら顔をあげると、そこには相変わらず涼しい顔をした配達屋さんが立っていた。彼が大切に抱えているのはお願いした荷物と……。
「まあ」
小さな小さな……もうひとりのサプライズゲスト。
「…どうも」
「こんにちは……」
「これ……あんた宛の、合ってるか?」
「え、ええ」
思わず口元に手を当て驚く。配達屋さんはこちらの様子をあまり気に留めていないらしく、いつものように最低限の荷物の確認だけして、荷物とサイン伝票をこちらに差し出す。
触れない方がいいのかしら、触れてあげた方がいいのかしらと思いながら、その荷物と伝票を受け取る。サインをしながらちらりと、彼の腕に抱かれた小さなお客様を見ると、人見知りをしているのかこちらと目が合うなり彼の……お父さんの胸にしがみついて、顔を隠してしまった。
(まあまあ)
「……お子様?」
伝票を返しながら、無表情の彼につい尋ねる。彼は私の言葉にきょとんとしてから、ああ、と少し口元を緩めた。もしかすると、初めて見るかもしれないほんの少しの笑顔。
(…まあ)
「…すまない。苦手だったか?」
「いえいえとんでもない。うちにもいますから。…可愛いわね、おいくつ?」
「…この間1歳になった」
な、と、小さく優しい声で配達屋さんは腕の中のお子さんに声をかける。その子はまだ恥ずかしいのか、ぎゅうとしがみついたままこちらを見ることはない。だけど小さく頷いてはくれた。
「そう…いつも連れていらっしゃるの? うちに一緒に来られるのは初めてね」
「ああ……最近、店が……、うちの店が配達先の近所のときは、たまに」
「なるほど。奥様、お忙しそうだものね」
「ん……昼の営業のときは、特に俺も離れていることが多いから……できるときは、連れ出してる」
「まあ、素敵な旦那様」
「…多分、思ってるよりできていない」
そう言ってまた微笑んでみせる。ご家族のお話になると、こんな笑顔になる人なのね。
お店というのは、このご近所にある飲食店。とてもとても綺麗で優しい奥様が切り盛りをされていることはもう、このあたりの周知の事実。お子様がいらっしゃるとは聞いていたものの、こうして配達屋さんとセットでお目にかかるのはもしかすると初めてかもしれない。
もう一度お子さんに目を向ける。かわいらしいその子は、ようやく慣れてきたのかお父さんの胸元のジッパーで遊び始めていた。いつものことなのか、彼がそれを咎めたり気にかけたりする様子はなさそう。
「…うちの子」
「?」
「4歳と、もうじき2歳になるのがいるの」
「そうか」
「もしよかったら、今度奥様と遊びにいらしてね。お友達になってあげて」
「…助かる。……うちのも、喜ぶと思う」
「子育ては、孤独になったらいけませんからね」
「ああ…。……色々、教えて欲しい。毎日新しい問題が起こるから」
「ふふ…そうでしょう」
また一段と柔らかい笑顔をこぼして、彼が彼の宝物を見つめる。お子さんは曇りのない綺麗な青い目で、口を開けてお父さんを見上げていた。こんな素敵な親子が当たり前のようにこの街を歩いているのかと思うと……奥様同士で噂になるのも、きっと時間の問題ね。
(これはまた……新しい楽しみが)
「…じゃあ、失礼する。また頼む」
「こちらこそ、またお願いしますね」
「ああ。………挨拶は?」
「……」
お父さんに言葉を貰った小さな小さなお客様は、こちらを何度かちらと見たあと、控えめに手を振ってくれた。かわいらしいその様子に自然に笑みをこぼしながら、手を振ってその子に返す。またきてねと声をかけると再び顔を隠してしまったけれど、そのお子さんに彼は、ただ困ったように微笑む。……もしかすると、お父さん似?
軽く会釈をして、彼らは踵を返す。大きくてたくましいその背中を見送りながら、私は思わずほうと息をつく。困ったわ、どうしたって胸はどきどきしてしまうもの。こればかりは仕方がないでしょう。
次はどこのお宅に幸せを届けに行くのかしら。そんなことを考えながら玄関の扉を閉める。家の中から聞こえてくる我が子の声に返事をしながら、ペンを元の置き場所に戻す。
どうかあのご家族にも、今日のお昼間のような穏やかな幸せがありますように。幸せを届ける人が、幸せでありますように。そんなことを願わずにはいられない……優しい音だけが響く、お昼下がり。
その靴はひだまりを歩く
fin,