陽の光がまだ部屋に差し込む頃、ベッドの上、私の体がすっぽり収まってしまうくらい広くて逞しい背中に触れる。

 

指でなぞるのは、肩から脇腹あたりにかけて器用に巻かれた包帯。魔法じゃ治らなかったから適当に巻いたと、さっき私に背中を向けて座る彼が呟いていた。

 

乱雑だけど、止血できるようしっかり結んである包帯を見つめながら思い出す。ああ、この人はかつて戦いを仕事にしていたんだったと。一度はその道をしっかり歩いていた人だったんだと。

 

「……包帯外すね」

「……」

 

こくんと小さく、頷きだけが返ってくる。痛みに堪えようとクラウドが息を呑んだのがわかった。

 

硬く結ばれた結び目を少し時間をかけて解く。

その締まりが段々緩くなっていくと同時に、包帯を染める赤の速度は上がる。クラウドの魔法がちゃんと通じなかったぐらいだから、相当深い傷なんだろう。早く治してあげないと。気持ちが静かに早る。

 

「……、」

 

包帯が解かれ、ようやく外気に晒された傷。普通の女の子に比べたら人の怪我は見慣れているほうだと思うけど、それでもつい顔をしかめてしまうぐらいの深いそれに、今度は私が息を呑む。家に帰ってくるまでの間、痛いとも辛いとも言わず一人でこの痛みに耐えていたのかと思うと、私の心まで痛む思いがした。

 

(……良くなって、お願い)

 

すう、と息を吸い込んで覚悟を決めてから、クラウドの傷に手を添える。

久しく使っていない治癒の魔法。私はクラウドと同じで、戦うことは得意でもこういったことは得意じゃない。

だけど治ってほしくて、技術不足の分気持ちをいっぱいに込める。治って、治って。これ以上苦しめないであげて。呪文というより願いのようなものが、傷跡を優しく照らす。

 

「……っ、」

 

びく、とクラウドが反応する。慌てて傷を見ると、傷口がじわじわと塞がっていく最中だった。皮膚が再生するときかなり痛むんだろう。ごめんね、辛いよね。もっと上手くできたらいいんだけど。謝ったら謝るなと言われるのが目に見えているから、心の中でたくさん謝る。

 

「……」

 

どれくらいの時間が経っただろう。知らない間に流れていた汗がこめかみを伝う頃、ようやく傷は塞がれた。

クラウドが大きく、ゆっくり、肩を上下させて息をはく。それを確認してから、私は少し残ってしまった傷の跡に指で触れなおした。

 

(……)

 

細く長い、刃の跡。相手はモンスターだろうか、それとも人間だろうか。配達に行っていたはずの彼が大怪我をしたぐらいだから、緊急で対応しなくちゃいけない何かがあったに違いないのだけれど。

 

「……、ティファ」

 

そうして跡を見つめていたとき、クラウドが私の名前を呼んだ。

 

「?」

「…ありがとう。すまない……嫌なものを見せたな」

「ううん、私は平気。……だいじょうぶかな。痺れたりしてない?」

「ああ……大丈夫だ。何ともない」

「…そう。よかった」

 

クラウドが頭だけ振り返って私を見る。

さっきまで痛みに耐えていたその目はほっとしていて、クラウドが本当に我慢していないことを裏付けてくれた。

その表情に私も安心して、一息つく。それから、不恰好ではあるけれどきちんと塞ぐことのできた傷を再度なぞる。

クラウドは訊かないと話さないだろうけれど、きっと誰かを守ってできた傷。誰かのために、できた傷。

 

「……」

「…ティファ?」

「あ……ごめんね、くすぐったかった?」

「いや……俺はいいんだが。背中、何かあったのか」

「ううん。……ごめん、ちょっとだけ跡残っちゃって」

「…それは構わない。…ティファに跡が残ったら困るが」

「もう。私もクラウドも、残らないに越したことないよ」

 

クラウドがほんの少し微笑む。笑ってくれたのが嬉しくて、私もつい頬の力を抜いた。

 

(……)

 

背中の主がそれを許してくれているのをいいことに、もう一度背中に目をむける。普段、衣服をまとっていない彼の背中を見るのはたいていが夜だから、なかなかちゃんと見ることのできない……鍛えられた、男の人のそれ。

よくよく見ると、その背中には今日の傷跡以外にもたくさんの跡が残っていた。小さな傷ならクラウドの新陳代謝のいい体が綺麗さっぱり治してしまうのだけれど、それができない傷は今日のような大怪我ばかり。つまり、残っている跡は全て元が大怪我だったもの。クラウドがたくさん、苦しんできた過去。

 

(……)

 

クラウドは本当によく、人を守ろうとする。ことあるごとに私たちの前に立ち背中で守ってくれる。それはジェノバのせいで偽人格だと言われていたあの頃から、彼が本当の自分を取り戻した今にいたるまで変わらないことかもしれない。クラウドの優しさだけは、あの侵略者も奪えなかったのかもしれない。

 

そっと、両の手のひらをクラウドの背中に添える。手のひらに温もりを感じて安心する。

 

旅の間ずっと見つめていた背中。追いかけてきた背中。優しすぎるから、本当は背負わなくてもいいものさえも、全部全部背負ってきた背中。

 

「……」

「……、…ティファ」

「…ちょっとだけ」

「……」

 

クラウドの許可を得る前に、背中から胸にそっと腕をまわして抱きしめる。

 

誰かを守ってくれてありがとう。でも、あんまり無理をしないで。怪我するようなところに行かないで。角度の違う、色んな思いが交差する。

 

どれもが本音で、大切だから捨てられない。クラウドと一緒にいる限り、ひとつを選ぶことはきっとできない。

だけど全部を伝えることもしたくない。クラウドが困った顔をするのが、目に見えているから。

 

「……」

「……」

 

深呼吸が整ってきた頃、クラウドが私の腕に、手に触れる。そしてあやすようにその肌を撫でたあと、彼は小さく口を開いた。

 

「……ティファ」

「…?」

「……前に来てくれないか」

「え? ……あ、前も怪我してるの?」

「……」

 

返事はなし。無言ということはつまり、イエスの意味だろうか。慌てて体を離しクラウドの前にまわりこむ。

ベッドの上を這って移動し、傷を見せてと言おうとした……そのとき。

 

「っ、わ」

 

あっという間だった。クラウドが私の腕を引き、抱き寄せるまで。私が傷の有無を確認するよりも、早く。

 

(……、)

 

「……」

「……、クラウド?」

「…ごめん。……もう傷はない」

「え?」

「…俺がこうしたかっただけだ」

 

クラウドの声を聞くうちに、追いついていなかった頭がようやく、抱きしめられている事実を認識する。

 

理由がなんであれ嬉しくないはずもなく。再度腕を背中に回して抱きしめ返すと、クラウドは今よりもう少しだけ力を込めて、私を腕の中に仕舞い込んだ。

 

(……)

 

とくとくとく。心臓は鳴る。私のものも、クラウドのものも。

 

「……クラウド」

「…ん……?」

「…痛かったでしょ」

「……。……ああ」

「…無事に、帰ってきてくれてありがとう」

「……俺の台詞だ。…ありがとう」

「…うん」

「……。…怪我したとき……」

「…?」

「…脳裏にすぐティファが浮かんだ」

「……」

「それで……早く、ティファのところに帰ろうと思った」

「…治してもらうために?」

「……多分」

「…私もそんなに上手じゃないのに」

「……。きっと、ティファなら大丈夫だと思ったんだ」

「……」

「…それに、治してもらうならティファがよかった」

「…もう。……心配かけて」

「うん。…ごめん」

 

怒ったふりをしながら、恥ずかしくもクラウドの腕の中、頬は緩む。何でもないふりをしていても、すぐに思い浮かべてくれたことはどうしたって嬉しい。

喜ぶところじゃないのはわかってる。

それでも、それでも。

 

(……ああ)

 

混ざる混ざる、複雑に絡み合うクラウドへの想い。全部全部仕方ないこと。その目に、想いに、背中に惚れて、抜け出すことができなくなったあの日から。

 

このモヤモヤが晴れることなんてきっと、一日たりともない。一日たりとも、心が落ち着く日はない。

わかってるの。わかってこの身を投じているの。これがクラウドを好きになった証なのだと。クラウドのくれる幸せの代償なんだと。

クラウドを愛しく思う気持ちに……この絡み合った想いは、必要不可欠なのだと。

 

「……クラウド」

「…?」

 

(怪我しないで)

 

「……あんまり無茶、しないでね」

「…うん」

 

(自分のことを大事にして)

 

「…いつでも頼ってね」

「…ああ。…ありがとう」

 

(ここにいて)

 

「……クラウド」

 

(ひとりにしないで)

 

クラウド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ。何をするでもなく抱きしめ合う私たちを、陽の光が色を変えて柔らかく照らし、包み込む。

 

下の階から子どもたちの声が聞こえる。あの子たちは知らない。クラウドの怪我も、私たちのこの時間も。だけどきっと知らなくていい。この時間を背負うのは、今はまだ私だけでいい。

 

 

 

優しく温かい光の中、私はクラウドの肩に頭を預け、目を閉じた。

 

クラウドの体温は、お日様の光よりもあたたかかった。この腕の中にいる時間は、この世のどの場所よりも、生きている心地がした。

 

 

 

 

 

ひあし

 

 

(わたしをつらぬく ゆいいつの光)

 


fin,