まどろみのなか耳に届く、聞き慣れた水の音。誰かがお皿を洗ってくれているんだろうか、ときどきガラスが擦れる音も聞こえる。眠っている自分にはとても心地のいい環境音。
だけど満足して息をついたとき、ふと浮かんだ疑問。どうして自分は寝ているんだろう。そしてここはどこ? ぽつりぽつりと不思議が浮かび上がる中、寝ぼけたまま体を起こす。自分がいるのはどうやらお客さんのいない店内。つっぷしているのはテーブル。そしてお皿を洗ってくれているのは。
(……クラウド)
体を起こして見つめた先に、キッチンで黙々と食器を洗うクラウドの姿。仕事から帰ってきてそのまま作業に入ってくれたんだろう。服装はそのままだった。
どうやら自分はクラウドの帰りを待っている間、知らないうちに眠ってしまっていたらしい。
「…? あ、ティファ」
声をかけよう。そう思いながらも珍しい光景につい見惚れているうちに、青色の瞳が私を捉える。嬉しそうな顔をしてくれることが嬉しくて微笑み返せば、クラウドは蛇口を止め、手をふき、いそいそとこちらに歩いてきてくれた。
「クラウド……おかえりなさい」
「ただいま」
「ごめんね、私寝ちゃってたね……」
「いいんだ。遅くなった」
ありがとう。そう告げようとしたときに重ねられる唇。私の頬にそっと振れてくれる指先は冷え切っていて、長い時間洗い物をさせていたことを伺わせる。
だけどキスの後見えたクラウドの表情は、そんなこと微塵も感じさせないくらいにあたたかい。
「……あ、ごはん」
「置いてあったやつだよな? 食べたよ。ありがとう」
「よかった……お皿もありがとね、お店の分まで…」
「問題ない。……ついでに自分の弁当も洗えた」
「ふふ、さすが」
「…あとで洗濯物もちゃんと出す」
「…靴下は?」
「ひっくり返さないようにする。……ポケットの中も出した」
「ふふふ、上出来です」
頑張ったことを教えてくれるクラウドの子どもみたいな様子に笑みが溢れる。
別に完璧でなくたっていい。クラウドがこういうこと苦手なのも知ってる。だけどそれでも頑張ってくれているのが伝わるから、見守りたくなってしまう。一緒に暮らし始めた当初驚くくらい何もできなかったことを知っているから、余計。
(…子どもたちにはまた、甘やかしすぎだって怒られるかもしれないけど)
「…ティファ」
「ん…?」
「…待っていてくれてありがとう。片付け最後までするから、先に寝室に行っておいてくれて構わない」
「え、でも……」
「大丈夫だ。……洗い残しのないようにするから」
「ふふ、それは心配してないよ」
「…でも、疲れてるだろ。もう寝たほうがいい」
頭を撫でてくれる手のひらから伝わる優しさ。疲れているのはクラウドも同じなのに、この人はいつもそれを感じさせない。今はクラウドの親切に甘えた方がいいのかもしれない。だけど……。
「……クラウド」
「?」
「…迷惑じゃなかったら、ここで待っててもいい?」
「…ティファ」
「……一緒にいたくて」
恥ずかしくてつい小声になる本音。だけどクラウドはきちんと受け取り、喜んでくれる。いいよという言葉の代わりにくれるおでこへのキスは、疲れなんて忘れてしまうほど柔らかい。
「じゃあ、見学していてくれ」
「…お言葉に甘えて」
「…皿を割らないよう、見張りも兼ねてな」
「ふふ……」
私に罪悪感が残らないよう冗談を残して、クラウドは再びキッチンに戻っていく。私ももう一度テーブルに体重を預け、目を細めてその贅沢な光景を見守る。
きらきらという、音が聞こえるような気がした。クラウドが奏でてくれる生活音に、幸せはたくさん詰め込まれていた。
楽譜を描いて
(整わなくたって、かまわないから)
fin,