ティファと同じベッドで眠るのは本当に久しぶりだった。

 

「クラウド」

 

見慣れているはずなのに、今までと違うようにも感じる寝室。そして、一人には大きすぎるダブルベッド。そこに腰掛け、先にシーツの中へ脚を滑らせたティファが、穏やかに優しい声で名を呼ぶ。その声の中には、言葉にせずとも伝わる俺への「許可」が含まれていた。

 

「……」

 

つばを飲み込んでから、小さく頷く。ティファと反対側のベッドサイドに腰掛け、大きく息を吐く。

 

最初にこのベッドに入ったときの記憶が、フラッシュバックのように蘇る。緊張する体。飛び跳ねるように動いた心臓。熱くて、頭の中を真っ白にしたまま、無我夢中でティファを求めた夜のこと。あの夜は、この先のことなど考える余裕もなく、今を感じるのに必死だった。目の前で、この腕の中で体を熱くし、生きるティファを抱きしめるのに精一杯だった。まさか、この腕の力を緩める日が来るなんて……夢にも思っていなかった。

 

「……」

 

ゆっくりと脚をベッドに上げ、隣のティファと同じようにシーツの中に潜らせる。ティファはそれを確認したあと、俺の目を見て微笑み、頷き、体をベッドに横たわらせた。

 

同じ場所のはずなのに、あのときと今とではまるで違う温度。緊張する体は同じだが、俺の中には理性があった。今、自分をコントロールするのは欲望より大切なもの。目の前にあるのは、この瞬間だけではなく……この先の未来。

 

「…クラウド」

 

ティファがまた名前を囁く。細く長い指が、俺の腕に触れ、誘う。ティファの優しさが、指先から伝わってくる。

 

視線を絡ませたまま、温もりに導かれるようにゆっくり身を屈めた。ギシリと気を使うように音を立てるベッド。ティファの手のひらに伸ばした自分の指が、少し震えているのがわかる。情けない。わかってる。でも……ティファに触れることを許してもらうのは、俺の中でそれほどまでに、特別なことだった。

 

 

 

 

 

もう一度こうして、ティファの隣に在れることを、俺は想像できただろうか。

 

鮮明に覚えている。不安の中に片足を突っ込んだあの日、ずるずると闇の中に引き摺り落ちていった心。起こりもしないことを憂い、変えられるはずもないことを悔やみ、俺は内へ内へと閉じこもった。

聞くべき声が聞こえなくなり、歩むべき道が見えなくなる恐怖は、恐ろしいものだった。未来予知なんてできるはずがないのに、未来から「お前は全てを失うぞ」と声がした。誰も俺にそんなことを言わなかったのに、過去から「お前のせいで全て失った」と背中を刺すような声が響いていた。気づけば真っ暗闇の中にいた。大切な人の声を、耳を塞いで遮断している自分がいた。そうして俺は、ティファを傷つけた。ティファの手を……離した。

 

 

過去はもう、戻らない。これまでも、そして今この瞬間から先も。

 

どんな理由があろうと、一度、自分の手がティファを手放した事実は変わらない。俺がティファに負わせた、深い深い傷は消えない。

信じてくれていたのに、背中を向けた。ともに生きると決めたのに、一緒に歩く道を見失った。

 

自分の心の弱さが最大の敵だと気づけたのは……ティファを傷つけてしまったあとのことだったのだから。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ティファとする、長くも短い口づけ。ほかの何物からも得られない幸福が、ティファを通じ心に染み渡る。

どこまでも続けられそうな時間を、なんとか理性で食い止める。ゆっくり唇を解放し、覆いかぶさっていた体を少し持ち上げると、ティファはたまっていた息をそっと吐き出した。

 

「……クラウド」

 

赤い目を潤ませ、ティファは囁く。冷静でいたいと思っているのに、その声は簡単にこの体を震えさせる。

自然と力のこもる指先。ティファが少し口元を綻ばせたのは、俺が再度つばを飲み込んだときだった。

 

「……ふふ、」

「…ティファ?」

「クラウド……ちょっと、手が痛いかも」

「……あ、」

 

慌てて、強く握りしめすぎていた手の力を緩める。だけどティファは、俺がそのまま離れてしまわないよう、優しく手繰り寄せてくれた。

 

「……すまない、ティファ」

 

改めてティファの目を見つめながら、懺悔する。だけどティファは俺を揶揄うことなく、なにかを懐かしむような表情で微笑むだけだった。

 

「……なんだか、懐かしいね」

 

ぽつりと呟かれる声。つい首を傾げると、ティファは上目遣いで俺を見る。

 

「…懐かしい?」

「うん。……初めてのときみたいだなと思って」

 

恥ずかしそうに、ティファがはにかむ。その愛おしい笑顔につられて、俺も口元を緩める。

ティファ。俺も少し、同じことを考えていた。まさか同じ失敗をするとは思わなかったけれど……同じ緊張感が、自分の中に確かにあるから。

 

「……成長してないな、俺も」

 

自分を皮肉り呟けば、ティファは笑顔のまま首を横に振る。その優しさに甘え抱きしめた体は、細く柔く、あたたかかった。

 

(……ティファ)

 

「…ティファ」

「うん。……クラウド」

 

髪に、頬に、ティファが触れる。その度、水の湧き出る泉のように、ティファの想いが溢れ出す。今、この時間が存在することがどれほど尊いか……俺が俺に突きつける。

 

「……ティファ」

「…ん……?」

「……ティファは、あたたかいな」

「…クラウドも、あったかいよ。……でも」

「……?」

「…一人は、寒かったでしょう」

「……。…俺はいいんだ。ティファこそ……ごめん。寒かっただろ」

「…いいの。今、こうして……あったかいんだから」

 

ティファの言葉が、心の中にずっと残り続けている氷を溶かしていく。本当は俺がすべきことを、ティファは惜しげもなく行う。辛かったのは、俺だけじゃない。苦しみは、一人が感じるものではない。

わかっていたのに。ティファとなら、一緒に抱えられるということを……俺は、わかっていたはずなのに。

 

「……ティファ」

「…うん……」

「…ティファ……」

「……うん、クラウド」

「……」

「…大丈夫だよ」

「……」

「全部、わかってるから。全部、伝わったから……」

 

情けなくも震える背中を、ティファはずっと撫でてくれていた。何も伝えられてなどいないはずなのに、心は勝手に絆されていく。これは、ティファの力だ。ティファの優しさだ。俺が甘え続けてきた……ティファの愛情だ。

 

俺は、弱い。もっと強くならなくちゃいけない。ティファに、本当の意味で安心してもらえるように、もっと成長しなければならない。

二度と手放さないために。今度こそ本当の意味で、ティファを守り続けていくために。今度こそ……自分の言葉で、ティファに想いを伝えるために。

 

 

 

離れることなどないように、俺たちは互いの体に腕を伸ばし、きつく抱きしめ合って眠った。苦しみも痛みも、一緒にいるからこそ感じられる時間なのだと、確かめ合うように。

 

夢に意識を沈めながら、俺はもう一度ティファの手を握った。この力は今、ティファのために、ここに在った。

 

 

 

ファースト・ラブ

 

 


fin,