私は今、寝室のベッドの上でごろごろしている。丁寧に二つに折り畳まれた便箋を見つめ、にやにや頬を緩ませながら。
時は夜。日を跨いでから一時間は経っただろうか。本当はそろそろ眠気に襲われウトウトし始める頃。だけど、今晩ばかりは眠気も空気を読んだのか、私の元に舞い降りる気配はなさそうだった。
「……」
仰向けになって、部屋の灯に透かして見つめる無地の便箋。そこにきれいな字で書かれた文章は、バランスよく、そして隙間なく無地の紙を埋めている。
読めば、不思議と書いてくれたその人の声が脳内で再生されるお手紙。どれくらいの時間をかけて書いてくれたんだろうか。普段の走り書きの字も知っている自分だから、この手紙がゆっくり生み出されたことはすぐにわかる。そして、その一枚、一行、どこをとっても、私を笑顔にさせるのに十分すぎるほどの力があった。
クラウドが、誕生日にお手紙をくれた。
本人から一通の封筒を受け取ったのは、日付が変わる7分前。慌てて仕事から帰ってきたクラウドは、珍しく息を切らしながら、日が変わるタイミングを待ってそれを差し出した。どうやら一番にお祝いしてくれようとしたらしい。私が手紙を受け取ったのを確認したクラウドが、安心したように脱力したのをよく覚えている。
『よかった……間に合った』
『ありがとう、クラウド。嬉しい』
『ん……ごめん。いい贈り物が最後まで思いつかなくて』
『ううん、これがいい。クラウドが、時間をかけてくれたことが一番嬉しい』
貰うのは始めてかもしれないクラウドからの手紙。少し厚みのある封筒を大切に抱きしめながら、素直に喜びを口にする。
なぜだか申し訳ないような顔をしていたクラウドが、ほっとした笑顔に変わるのに……そんなに時間は必要なかった。
「……へへ」
ごろごろと、うつ伏せになったり仰向けになったりしながら手紙を読み返す。まだ眠るつもりがないのは、クラウドが今シャワーを浴びているから。こんな嬉しい夜に彼を待たないという選択肢はなくて、いつもなら「先に寝てくれ」と私に言うクラウドも、今日は何も言わずにいてくれた。
封筒の中に、便箋は3枚入っていた。どの紙にも文字がびっしり書き込まれていて、クラウドの几帳面さが伺える。
人によっては「昔から好きだったよ」の一言で済むかもしれない告白を、彼は千字をこえる文字で表す。忙しかっただろうに、そもそも手紙を書くことに慣れてなんかいないだろうに。使い慣れない言葉をたっぷり使いながら、一生懸命これを書いてくれたのかと思うと、その後ろ姿を想像するだけで胸に溢れるものがあった。
「……あ」
ふと聞こえた、間の抜けた声。声のした扉の方に目を向けると、髪を拭きながら恥ずかしそうに私を見るクラウドが立っていた。
「クラウド」
満面の笑みで体を起こし、シャワーを浴び終えた彼を迎える。読みかけのお手紙を大切に抱きしめたまま。
「…また読んでたのか?」
「うん。嬉しくて」
「…寝る直前に渡すべきだったかな」
「どうして?」
「手紙を読んでもらうところを見るのは、何というか……むず痒い」
「ふふ……」
穏やかな声で呟きながら、クラウドは私と同じようにベッドに腰を下ろす。それが照れ隠しの冗談だとわかっているのは、彼が優しい顔をしているから。
もっとそばにいたくて、隣に移動しその肩にもたれかかると、クラウドは何も言わずに抱き寄せてくれた。
「……へへ」
「……。…何かを贈って、そんな嬉しそうにしてくれるのは初めてな気がする」
「そうかな? いつも何でも嬉しいよ。……でも、確かにお手紙は特別嬉しい」
「…よかった。流石マリンとデンゼルだ」
「二人のアイデア?」
「うん。……何が一番いいか、聞いた」
誕生日プレゼントのコーディネーターに二人が就任してくれたなら、今回のプレゼントチョイスも納得がいく。二人は誰よりも、クラウドと私のことを見てくれている。だから時々びっくりするくらい、胸の内を読まれることもある。今回二人がクラウドに贈ったアドバイスも、何となく想像することができた。私がいちばん欲しいもの。私がいちばん、喜ぶもの。
(他のどんなものよりも……それは)
「…ティファ」
引き続き、一人で頬を緩ませていたとき呼ばれた名前。顔をあげたのと、唇にキスが落とされたのはほとんどおんなじタイミング。クラウドの伏せたまつ毛がとても綺麗で、重ねてくれた唇が心地よくて、私は少しの間まぶたを閉じずにキスに浸る。もっとしてほしいとばかりに、目を閉じ、手紙を片手に持ったままクラウドの太い首に腕を絡めると、彼はそれを待っていたかのように私をベッドにそっと押し倒した。
「……」
優しいキスのあと。ゆっくりまぶたを開けた先に映るのは、私と同じように幸せそうな、待ち望んでいた人の笑顔。
「…クラウド」
「ん……?」
「ありがとう。一緒にいてくれて」
「…俺のセリフだ。……おめでとう、ティファ」
「…うん。ありがと」
「……こんな贈り物でよかったか?」
「うん。……クラウドがそばにいてくれることが、一番嬉しいの」
クラウドがお手紙の中でくれた、愛のこもった言葉に背中を押されて、私も素直な想いを伝える。するとクラウドは自惚れてしまうほど心底嬉しそうに頬を緩ませて、私の顔中にキスを送ってくれた。それがくすぐったくて嬉しくて、私は笑声をあげて応える。私はいま幸せだということを……クラウドに伝える。
クラウドが不思議なことを言ったのは、そうやってスキンシップを繰り返しているときだった。
「…ティファ」
「ん?」
「あの券は、本当にいつでも使っていいから」
「……?」
(……券?)
頭の中でピンとこない言葉に、思わず目をぱちくりとする。クラウドはそんな私の様子を見て、同じように瞬きを繰り返した。
「…なあに? それ」
「……あれ、入ってなかったか?」
「?」
「…封筒に一緒に入れたはずなんだが」
封筒。それが、クラウドのくれた手紙の入っていたものだということはすぐにわかった。慌てて、それを置いた場所……ドレッサーの上に目を向ける。クラウドはその視線に誘導されるように重そうな体を起こし、代わりに封筒を手に取って戻ってきてくれた。
「……うん」
「…あった?」
「あった」
一足先に中身を確認したクラウド。でも、何故だか彼の言う「券」を取り出そうとはしてくれない。
「…クラウド」
「うん」
「私にも見せて欲しいな」
「……。…明日でもいいんじゃないか」
「ええ?」
「……」
「…もしかして照れてるの?」
「……小っ恥ずかしいのは手紙だけで十分だ」
「ふふ……」
どうやら、その「券」もクラウドにとって「恥ずかしい」ものらしい。そう言われると興味が湧かないわけがなく、ますます早くその中身を知りたくなる。ごめんね、クラウド。あなたは少し、居心地が悪いかもしれないけれど。
「…クラウドのくれたもの、見たいなあ」
「……」
「…見せてくれないのかなあ」
「……」
「……」
「……。…俺の負けだ」
「ふふ、やった」
わざとらしくため息をつきながら、クラウドが封筒から「券」を取り出す。ちょっと強引だったかなと思ったけれど、まんざらでもなさそうな表情を見てこっそりほっとする。
「……ん」
照れくささを残したままクラウドが差し出してくれた券を、押し倒してもらった体をもう一度起こして受け取る。
手にしたのは、手作りと思われる10枚ほどある券。描かれるのはクラウドの文字ではなく子どもの字。いったい何が書かれてあるのか、わくわくしながら読んでみると。
「…クラウド、いちにち、かしだし券?」
「……」
読み上げたあと、にやけてしまうのを堪えられないままついクラウドの顔を確認する。
クラウドは私がにこにこしているのに気づいたら、すぐ目を逸らしてしまった。珍しく顔が赤くなっているようにも見える。
(…これって)
クラウド一日貸出券。つまり……クラウドと一日、一緒にいられる権利?
「…ふふ」
「……」
「へへへ」
「……。嬉しいか?」
「すごく嬉しい。すごくすごく嬉しい」
クラウドの方が先に照れてくれたこともあって、喜びを隠さないままだらしなく笑う。クラウドは上機嫌の私を見て安心したのか、ようやく頬を緩ませてくれた。
「…喜んでくれたならよかった」
「これを使えば、一日一緒にいてくれるの?」
「…うん」
「……使用中にお仕事の依頼が入ったら?」
「断る」
「…タークスがお店まで呼びにきても?」
「無視する」
「ふふふ」
クラウドらしからぬ……クラウドらしい贈り物。もう一度券に目を落とせば、一枚一枚個別に手書き文字で書かれてあることがわかる。文字の色がカラフルなところをみると、マリンとデンゼルが手分けして書いてくれたんだろう。クラウドに贈り物のアドバイスする二人の様子を想像するだけで、胸がいっぱいになる。
だけど、クラウドのくれるサプライズはこれで終わりではなかった。
「流石マリンとデンゼル。私が喜ぶことわかってる」
「あ。いや、それは……」
「?」
「……。それは二人のアイデアじゃないんだ」
「へ?」
間抜けな声を出してしまったのは、それが予想外だったから。この嬉しい贈り物こそ、二人が思いついてくれそうなもの。
じゃあ誰が?
その答えは、急に私に背を向けた人の、真っ赤になった耳が教えてくれた。
「……」
「……」
「…クラウドが考えてくれたの?」
「……。…ああ」
よほど照れくさいのか、振り返ることなく教えてくれた答え。
その広い背中に飛びつきたいのを堪えて待っていると、彼は観念したのかゆっくり体をこちらの方に向け直す。それからぽつぽつと、だけど真っ直ぐ私の目を見て続きを教えてくれた。
「……。お互い、いつも忙しくて、なかなか一緒にいられないだろ」
「…うん」
「それで……俺がティファにあげられる一番のものは、その時間だと思った」
「…クラウド」
「…デンゼルたちには、俺がティファと一緒にいたいだけだろと突っ込まれたけどな」
「ふふ。……どうしよう、クラウド」
「…?」
「…嬉しくて、にやけたほっぺたが元に戻らないの」
「ふ……」
言葉通り、にっこりしたまま力が入らない頬を、クラウドに見守られながら両手で押さえる。
クラウドが時々、仕事が多忙で家にいる時間が少ないのを気にしていたのは知っていた。でも忙しいのは決して悪いことじゃないし、クラウド自身が楽しそうだったから私は特に不満と思っていなかった。それでも、二人の時間が欲しいという思いはそれとは別に育つもので。もっと一緒にいたいって、思わないわけがなくて。
そんな時間を、クラウドが作りたいと思ってくれたことが嬉しいの。もし十分に叶わなくても、一緒にいたいって、一緒に思えることで十分なの。
(…なあんだ)
クラウドはちゃんと、わかってくれてるんだ。
「…クラウド」
「ん?」
「早速……今晩から、使ってもいいですか?」
「もちろん。明日も明後日も使っていい」
「あはは、だめだよ。お仕事もしないとね」
「…ちなみに」
「?」
「その券は再利用もできる」
「ふふ、エンドレスだ」
「うん。……終わりは来なくていい」
私を抱き寄せながら耳元でそう呟いたクラウドの言葉は、冗談には聞こえなかった。その優しい声はまるで願い事を唱えているようだった。
クラウドが何を願っているのか、不思議と私にはわかるような気がした。それくらい沢山、今日はクラウドから言葉をもらったから。クラウドの想いがちゃんと、心の奥底にまで届いたような気がしたから。
その日の夜。私たちは抱き合いながら夜通しで、一緒にいるための計画を語りあった。口にするすべての言葉が願いだった。全ての願いのそばに、クラウドはいてくれた。
エターナル・トワイライト
(それは絶えることなどない、)
fin,