クラウドのつけたキスマークを数えていた。

 

 

普段着を着ても見える場所につければ、私が本当に怒ることを彼は学習している。だからクラウドがそれをつける場所はいつも限られていた。

 

私の体にはクラウドにしか見えない地図があるんじゃないかと思ってしまう。なぜかというと、彼がくれるキスマークはいつもとても正確に「外からは見えない場所」につけられているから。「見えない場所」を陸と例えるなら、それは海へとはみ出すことはしないし、すべて地に足をつけて私の体に着陸している。だから、キスマークが他の人の目に晒されることは…ない。

 

 

私の部屋に、まだ眠っているクラウドしかいないことを改めて確認してから、朝日の中、鏡の前で胸を包む下着を取る。昨晩、おやすみも言えないまま眠りに落ちてしまった私に、クラウドが知らない間につけてくれたもの。それをもう一度外す、不思議な背徳感を朝から被る。

 

 

「……」

 

 

顔を上げ目線を合わせるのは、鏡の中の、まだ目蓋の重そうな私。見つめるのは、鏡の中からも外からも朝日に照らされるしろい体。まじまじと自分の裸体を見ることなんて…しかも朝から……そうそうないから、やっぱり恥ずかしさは残る。

 

さすがに、自分でも大きいなと思ってしまうほど重量のある胸。胸部と下半身をつなぐ、いまだ腹筋を目で確認できる腹部。旅をしていた頃より筋肉は落ちてしまったように感じるけれど、まだ目を覆いたくなるぐらいの見た目にはなっていないはず。どうも見た目に気が抜けないのは、私の体を見る人が、私だけではないからだろう。

 

 

(……よく寝てる)

 

 

横目でちら、と、眠っているクラウドに目をやる。今日は「常識的な」時間に家を出ると言っていたから、まだ眠らせておいて大丈夫だと思う。

 

キスマークを数えようなんていう恥ずかしい提案を自分にしたのは、今すやすや夢の中にいるこの人と、朝を一緒に迎えるのが久しぶりだからだった。

 

クラウドはここ数日、かなり不規則な生活をしている。泊まりの仕事が重なったり、夜遅くに帰ってきたと思えば朝が来る前に出て行ってしまったり。そんなわけだから、朝を迎えるどころか、同じタイミングで、同じベッドで眠れることも私にとって貴重な時間になりつつあった。クラウドが、キスマークを残してくれることも、もちろんその「貴重」な経験に分類される。

 

そんなこんなで今、体の上でまだ生きている跡をちゃんと記録しておきたくて……一緒に過ごしたこと、記憶しておきたくて、恥ずかしながらこんなことをしている。普段見えない下着の下も、背中も脚もお腹も、私の体に残る跡は全て、探すつもりでいる。

 

 

(……よし、)

 

 

気を取り直して、私は鏡の前でカウントを始める。

 

 

「………いち、にい、さん……」

 

 

よん、ご、ろく、なな。胸の上、胸の影、谷間の間

 

そこだけで、そこまで数えて、一呼吸おく。……これは想像以上だ。まだ数え始めたばかりなのにこの数はすごい。私が色んなことに一生懸命になっている間、あの人は淡々とこれをつけていっていたんだろう。

 

 

(……きれいに並んでるなあ)

 

 

丁寧に丁寧に、その跡は私の体の上に散らばっている。均等にスペースをあけるように、キスマークは私の胸の上に整列している。クラウドは実は確かに几帳面ではあるけれど、まさか、最中ちゃんとつける場所も確認しながら進めてるんだろうか。…いったいどこからあなたはその、計算する余裕を引っ張ってきているの? 私にも分けてほしい。

 

胸の上のそれを数え終えて、お腹に移る。自分の指を自分の体に這わす。当たり前だけどクラウドみたいな、クラウドが私にするような触れ方はしない。あれは真似できない。たとえ…触れ方を記憶してしまっていても。

 

 

視線も腹部に移動させる。クラウドがいつもキスをしながら、ゆっくり愛撫を下半身に移動させていくことを思い出す。私がそれに溺れている間、キスマークは気づかないうちにつけられているんだろう。あまりにも丁寧に優しくつけてくれるものだから、本来少しの痛みを伴うはずのその行為の多くに、私はいつも気がつかないけれど。

 

じゅうよん、じゅうご、じゅうろく。おなかのうえ、おへそのした、パンツの紐の上。うん、確かにここならギリギリ服を着れば他の人には見えない。見えないけど……改めてその位置のあまりの的確さに、クラウドにどれだけ普段観察されているのかということに気づかされる。そしてひとり、赤くなる。

 

 

「……」

 

 

たまに、クラウドの視線は、私の体や私の顔ではなくて、私の中を見ているのではないかと感じることがある。それぐらいにまっすぐ曇りなく、クラウドは私を見る。

 

私はそんなにきれいなものではない。特に私の中にはあんまり気づかないでほしい暗闇がたくさんある。

それでもクラウドは私を見つめる。穴が開くどころかそのまま突き抜けてしまうんじゃないかというぐらいに。クラウドと睨めっこをしたらわたしはゼロ勝百敗だろう。勝負する前にわかる。あの人の目にわたしは勝てない。特に最中、クラウドに見つめられたら……私は、人を石にする怪物にでも見つめられたかのように、思考も体も固まり、何もできなくなる。美しいその目が、大好きなあの瞳が、自分だけを見つめているんだって思ったら…何も……考えられなくなる。

 

 

(……朝から思い出すことじゃないか)

 

 

一人首を横に振る。空想の世界に入り浸ることならいつだってできるじゃない。そう思い直して、再度自分の体に目を向ける。

 

クラウドはさすがに、脚にはあまりつけていないようだった……うそ、前言撤回。太腿の内側にたくさんついてる。体の背面を鏡に写して確認すれば……ああやっぱり、裏側までしっかりマーキング済みだ。なんというかその、抜け目がない。

 

さすがに下着をおろしてお尻についているかどうかを確認する気にはなれなくて、私はそこの捜索は中断する。……でも今日の夜、シャワーを浴びるときに覚えてたら数えてみようと心の中で予定を立てる。予定を立てながら、自分のことを恥ずかしく思う。そもそも、クラウドのつけてくれたキスマークの数を数えて覚えておこうとしている時点で、なかなかなのだけれど。

 

 

「……。背中もすごいなぁ」

 

 

小さな小さな独り言を漏らしながら、後ろを向いたついでに髪をまとめて前に避け、背中のマークもかぞえる。にじゅうご、にじゅうろく。……あれ? というか、背中につける機会なんてあったっけ。昨日の夜は基本的にずっとクラウドと向き合っていたような気がする。だけど……私が眠りに落ちるまでの数十分間は、クラウドにひっくり返されて背中を向けていたような気がしなくもない。……まさかあのときに?

 

 

(……)

 

 

深く、昨夜のことを思い出しすぎる前に、私は捜索に意識を戻す。うなじにもつけてるんじゃないかと思い髪をさらにかき分けて見てみると、予想通りそこにも花は咲いていた。

あっという間に跡の数は三十を超えていく。三十もの証が、私の体の上で咲いているんだと思うと、どきどきしないほうがおかしい。だってそれは、好きな人がくれるものだから。クラウドが…私の上に残そうとしてくれたものだから。

 

ね、だから、やっぱり数えておきたくなるの。一時間、二時間と時間が経つごとにひとつずつ消えていくその跡を……クラウドと一緒に過ごした証として記憶できるように…数字にしておきたい、なんて、わがままで寂しがりやの私は思いついてしまうのよ。

 

 

(……たくさんついてること、喜んでるなんて……クラウドには絶対言えないけど)

 

 

「……。…さんじゅう、ご…かな…」

「…あと二つ」

「!」

 

 

背中を数え終えて、私が満足げにひとりそう呟いたとき。受け入れることを全く準備していなかった耳に、その声は届いてきた。

 

反射的に胸を手で隠しながら慌ててベッドの方を見る。クラウドは……ベッドの中さっきまでちゃんと寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていたはずのクラウドは、ベッドにうつ伏せで横たわったまま、枕に顔を埋めて、珍しくにやにやしながら私を見つめていた。

 

 

「…クラウド! もう、言ってよ!」

「ごめん……楽しそうだったから」

 

 

楽しそうだった? ……恥ずかしいからあんまり知りたくなかった自分の様子。

だってさっきまで、自分の裸を見てにやにやしたり独り言を言ったりしていた。恥ずかしくないわけがない。

 

 

「……〜っ」

 

 

あまりにも悪趣味なクラウドに文句を言う前に、私はさっき外したばかりの下着をまた胸につける。……悪趣味なのはどっち? という問いは胸の中にしまって、後日考えます。

つけなくていいのに、と、やっぱり悪趣味なクラウドが小さく呟く。それを軽く睨む。クラウドはそんな私の反応も想定内だったみたい。特に気にしない様子のまま気怠げに腕を持ち上げ、私を手招きした。

 

 

「……」

「…ティファ」

 

 

名前を呼ばれたら最後。私は従わざるを得ない。

渋々、顔が赤くなっていることを自覚しながらベッドに歩いて戻る。クラウドがかけ布団を持ち上げてベッドの中に招いてくれるのに合わせて、そこに潜り込む。潜り込んだ後に照れ隠しの文句を言おうと思っていたけれど…口を開く前に、クラウドは私を包み込むように布団ごと抱きしめた。

 

 

「わ…、」

「……やっぱり」

「…?」

「冷えてる」

「え? ……あ…」

 

 

そう言われてから気づく自分のからだの冷たさ。ずっと何も纏わずにいたんだもの、冷えていて当たり前だ。クラウドは私に触れる前に、私が冷えていることに気付いてくれたということになる。……クラウドに文句を言おうと思っていたことを、そう思っていた数十秒後に反省している自分が生まれた。

そんな、冷えた私の体にはあったかすぎる体温が、じんわり私を温める。あまりにも一気に体温をもらいすぎて、クラウドが逆に冷えてしまうんじゃないかと思うぐらい、それは私に馴染んだ。

 

 

「…あ、ありがと…」

「うん」

「……。…………ねえ」

「…ん?」

「……いつから見てたの?」

「……、……下着を外したあたり」

「……起きてたのね…。ほとんど最初じゃない……」

「……だから言ったろ……ごめん」

「…思ってないでしょ」

「……。…うん」

「もう……」

「………これ、数えてたのか?」

「……うん」

 

 

クラウドが少し体を離し、私の胸に咲く一つ目の跡に指で触れて、軽く押す。何かやましいことを始めようとする意思は感じ取れなかったけれど、それでもやっぱりクラウドにこうやって胸を触られると……どきどきせざるを得ない。

 

そうして心臓の速度をこっそりあげながら、さっきクラウドが漏らした言葉を思い出す。

 

 

「……ねえ、さっき」

「…?」

「あと二つって言ってたよね、クラウド」

「うん。………知りたいか? 場所」

「ん? …悪い顔してる……い、いい」

「教える」

「え、」

 

 

遠慮するこちらを気にせず、クラウドは突然予告なしに私の耳に指で触れた。耳を触られるだけでついびくっとしてしまうから、一体何がどうなるんだろうと体を強ばらせていたら、クラウドは重そうな体を起こして、私の、耳の裏あたりを覗き込み、そこに指で、ちょんちょんと触れた。

 

 

「え…、え?」

「ここ」

「う、うそ、そんなとこ?」

「うん」

「……どうやって……いつ、つけたの?」

「…知りたいか」

「あ、いい、やっぱりもういい」

「……ティファが寝落ちるちょっと前…」

「い、言わなくていいったら!」

 

 

クラウドのおでこをぺし、と軽く叩く。彼は私が本当に嫌がることをしないから、それ以上は何も言わずにただ嬉しそうに頬を緩めていた。

 

 

(……危ない、自分で墓穴を掘りかけた)

 

 

クラウドは満足そうにしながら、もう一度枕に顔を埋める。それでも私から視線を外そうとはしない。……よくもまあ、飽きないなあと思う。そう、内心嬉しく思いながら、クラウドがこっちを見つめていることを自覚するのと同じ時間、私もクラウドを見つめているんだと言う事実に、都合よく気づかないフリをした。

 

 

「……」

「……」

 

 

朝からふたり、ベッドの中で見つめ合う。それをやわらかい朝の光が布団ごと、何も言わずに包んでくれている。これを贅沢な時間と言わずに何と表現したらいいんだろう。

 

クラウドが私の頬に、唇に指で触れる。ぼうとするその瞳は、何も考えていないようにも、何かを考えているようにも見えた。私も同じようにぼう、としながら、なんとなくさっきから考えていることを伝えてみる。

 

 

「……クラウド…」

「…ん?」

「……よく飽きないね」

「……何に?」

「…。……私に」

 

 

心なしか小さめの声でそう言うと、彼の目は私を不思議な生き物をみるような目つきに変わった。

 

 

「……飽きる?」

「…クラウド、よく私のこと見てくれてるでしょう? 見飽きないのかなと思って」

「……飽きろという方が難しい」

「…そう?」

「……嫌だったか?」

「え? ううん…嫌じゃないけど」

「そうか」

 

 

クラウドはそう返事をしながら、今度こそ確かに何かを考えているようだった。私の髪を撫でながら、私の後ろ、少し遠くを見ていた。

何を考えているんだろう。そんなことを思いながら、私はただ彼を見つめる。

 

 

「……」

 

 

ふと、もう一度目が合う。クラウドは、「大丈夫だよ」という声が聞こえてきそうなぐらいの柔らかい微笑みをくれる。

私は純粋にそれに安心して微笑み返す。彼が今何を考えているのかはわからなかったけれど、それがなんであれ、心配するようなことは何もないんだと思った。

 

クラウドは私をもう一度抱きしめ直す。抱きしめるというより、クラウドの方に抱き寄せる。急に密着する体に…クラウドの心地いい、引き締まった体の触感に胸を高ならせていると、彼はただ優しく柔らかく、私のおでこに少し長めのキスをくれた。嬉しくて、気持ちがあたたかくなって、私はこっそり笑みをこぼす。

 

そうやって、光に抱きしめられているような気持ちになっている私に……クラウドは、低く、穏やかな声で、短く告げた。

 

 

「……ティファは……知らなくていい」

 

 

(え……)

 

 

顔をあげたら、彼はとても真剣な表情をしていた。その言葉の意図が読めず瞬きを繰り返すうちに、クラウドの表情はいつの間にか解かれて、すぐ優しい柔らかい表情に戻る。

 

 

(知らなくていい…?)

 

 

「……何を?」

「…。………最後の跡の場所」

「え? ……あ、そうだもう一個……」

「…それは秘密にしておく」

「…どうして?」

「………それも秘密だ」

「ええ?」

 

 

私の反応を楽しみながら、クラウドが何も前触れもなく昨夜のように私の胸元に顔を埋めた。胸の、柔らかく薄い肌が少しの痛みを私に訴える。また新しいそれが咲いたことは確認するまでもない。

 

 

(……)

 

 

どうやら、胸の谷間に顔を埋めたまま落ち着いたらしいクラウドの頭を、そっと抱きしめる。そして無造作に広がる柔らかい髪を撫でながら、さっきのクラウドのことを考える。何かをごまかした…クラウドのことを考える。

 

クラウドのもつ、私が「知らなくていい」秘密。

 

それを秘密と呼ぶべきなのかはわからない。だけど、その「秘密」がクラウドから漏れ出す瞬間があることを、私は知っているような気がした。例えばさっきのような瞳。表情、最中の余裕がなくなってきたときの触れ方、私の体の上を走り回る……このキスの跡。それは私を傷つけはしないけれど「優しい」ものではなかった。クラウドが秘密にしている「何か」は決して温かくはなく……とても熱い。

 

そして、私は気付いていた。どうして私がここまでその秘密を想像できるのか。

 

だって、私は。

 

 

(私も……きっと、同じ秘密を、クラウドに)

 

 

「……ティファ」

「ん…?」

「あと…起きるまで何分ある…?」

「えっとね…あと十分」

「……。…朝は短いな…」

「…うん。……そうだね」

 

 

少し苦しいぐらいに、クラウドは私をもう一度抱き寄せる。私が苦しがることさえ、見越しているような力で。

私も彼に身を寄せた。これ以上密着なんてできないことは、お互いにわかっていた。

 

 

ドライアイス

 

 

( どうか私たちを 正しさから見逃して )

 

 

 

 


fin,