夜遅く。配達から帰ってきたら、ティファが寝たふりをしていた。

 

「………」

「……」

 

寝室。自分の装備をするすると外しながら、目の前のベッドに横たわるティファを見下ろす。おそらくティファは完璧に俺を騙せていると思っているのだろう。ドアの隙間から廊下の灯りが差し込んで、ティファの顔を照らすけれど、しっかり強く目を閉じたまま動こうとしない。

 

「……」

「…………」

 

ティファはよく寝たふりをする。それは大抵、俺がいつもより遅く帰ってきた日の夜。起きて出迎えてくれることもあるし、本当に寝ている時だって当たり前にあるが、たまにこうした「待ち方」をしてくれるときがある。

 

だが、ティファの狸寝入りを見破ることは俺にとって朝飯前だ。

まず第一に、ティファはいつも体を不自然に強張らせている。そしてしばらく顔を観察すれば、かなりの頻度で瞼がぴくりと動く。それに呼吸が不自然だ。ティファは眠るとき本当に穏やかに息をするから、そうでないときの呼吸はよくわかる。

結論、今ティファは確実に寝たふりをしている。そして……「何か」を待っている。

 

「……」

「……ティファ」

 

装備を外し終えてからベッドに腰掛け、名前を呼んでみる。ティファは微動だにしない。これは計算内。

次。身をかがめ、その耳元でもう一度名前を囁く。ティファはぴくりと体で反応する。目はまだ、覚さない。どうやら欲しいものはこんなものじゃないらしい。

 

「……」

 

一生懸命に狸寝入りをする姿が愛おしくて、ティファが目を閉じているのをいいことに一人、破顔する。無意味に口元を手で抑えるが、笑みを我慢することはできなかった。

 

そうやって一人で楽しむのも良いけど、はやくティファの声が聞きたくて、俺は出し惜しみをすることなくティファが待つものを順番に与えていく。帰ってきた。寝室に来た。名前は呼んだ。次は?

 

「…ティファ」

 

今度ティファに贈ったのは、柔らかな頬への口づけ。驚かさないように、できる限り優しく顔にキスを降らせていく。そうすると確かにティファの口元が緩む。俺の目に色眼鏡がかかっていなければ、おそらくティファは喜んでいる。

 

ティファが待つものは一体何なのか。その答えは、横を向いていたティファが顔を少し天井の方に傾けてくれたとき、見つけた気がした。

 

「……、」

 

グローブを外してから、ティファの頬にそっと手を添える。それからもう一度身をかがめる。

 

こんな伽話がなかっただろうか。呪いか何かで目覚めなくなってしまった姫が、姫を助けに来た男の口づけで目覚める話。その物語に対して、俺は特に何の感情も抱かなかったが、ティファはどうだっただろう。俺の十倍は本を読んでいるティファだから、俺が知る物語を知らないはずがない。ティファもああいうのに憧れるものなのだろうか。約束の日。ティファが最初に思い描いたヒーローは、ああいう男を指していたんだろうか。

 

遠い昔と今に想いを寄せながら、ようやく触れる互いの唇。本当はもっと深くティファと重なりたいけど、今はただ触れるだけで我慢する。あの、伽話の男のように。ティファにとっての……ヒーローであるために。

 

「……」

「………、…クラウド」

 

数秒、触れるだけの柔らかいキス。様子を確認しようとゆっくり体を起こせば、ティファはすでにその目を覗かせてくれていた。

 

「…ティファ」

 

狸寝入りだとわかっているくせに、目覚めてくれたことが嬉しくて、さっきよりも頬を緩ませる。ティファは俺につられるように笑顔になって、目を細めてみせた。

 

「…クラウド」

「うん。……おはようティファ」

「お……おはよ」

「……ごめん。帰ってくるのが遅くなった」

「ううん……いいの。おつかれさま」

 

寝たふりしてただろ? それを問うのはまた今度にしよう。こんなに嬉しそうな笑顔を見せられたら、意地悪をする暇もない。

ティファは、はにかんだまま俺の頬にあたたかい手を添える。

それに誘導されるようにもう一度キスをしてみせると、今度は声に出して笑ってくれた。

 

「……ティファ」

「ん……?」

「いや……なんでもない。……あ」

「…?」

「…まだティファに言って貰えてないことがあるんだが」

「……。おかえりなさい」

「ただいま。……ありがとう」

「ふふ」

 

ありがとうの気持ちと一緒に、今度はさっきよりも少しだけ長くキスをする。ティファが俺の首に腕を絡めてくれたあたり、少なくとも嫌ではないんだろう。その調子に乗せられて、口づけはだんだん深く、熱いものに変わっていく。

 

ティファ。俺はティファにとっての、王子みたいなものになれているか?

 

格好いいということに関しては、それなりに憧れて追い求めてきたけれど、だいたい失敗に終わった人生だった。十四歳の俺が今の俺を見たら言うだろう。おい、それ以上ティファに格好悪いところを見せるな。ティファをもっと大切にしろ。ティファに格好いいと思ってもらわないと、意味がないんだからと。

 

そんな感じでここまできたから、たまに不安になるんだ。ふさわしいということが、どういうことなのか、無駄に考え込んでしまうときだってあるんだ。もう失敗はできないから。やり直しが効かないから。ティファという人はこの世だった、一人だけなのだから。

 

「……、…ん」

「……」

「…クラウド……」

「……。…ティファ、続きしてもいいか」

「…うん」

「…なら、さっさとシャワーを浴びてくる」

「あ……待って」

「?」

「…シャワー……いいから。あとで私も一緒に入るから。だから……」

「……」

 

薄暗い寝室の中でもわかるくらい、頬を赤く染めるティファを、胸を握り締められたような苦しみとともに見つめる。ティファが俺を待ってくれているという幸福が、いろいろな形に変わって降り注ぐ。

 

「……やっぱり待て、は無しだからな」

 

苦し紛れの格好つけを呟いてから、今度こそちゃんと重なるために、ティファに体ごと覆いかぶさる。ティファが求めてくれている。それだけで、不安も迷いもあっという間に消えて無くなる。

 

ティファの柔らかい肌に、自分の跡をいくつもいくつも残しながら、今の時間を忘れたくないと思った。俺をヒーローにする鍵はすべて、ティファの心の中にあった。

 

 

 

泥まみれのおうじさま

 

 

(きみは、それを格好いいと言った)

 


fin,