ティファを見かけたのは、宿の供用部分にあった古いソファーの上。

 

夜中、宿主に延泊の話をしようと部屋から出てきたとき、そこで眠っているティファが視界に入った。

 

 

(……)

 

 

宿主の話をそこそこに切り上げて、すぐにティファの方へ足を向ける。

 

誰かを待っていたのか、何か考え事でもしていたのか。

周りに誰もいないことから、おそらくティファが自分の意思で一人、ここにいるんだろうということはわかる。

 

 

「…ティファ?」

 

 

起こすつもりか、そっとしておくつもりなのか。自分でも判断をつけないまま小さく名前を呼ぶ。ティファの反応はない。

 

ティファはひとりがけのソファーで膝を抱えるように、小さくなって眠っていた。

十中八九寝落ちたんだろう。その証拠に…床に、読みかけの本が無造作に落ちている。

 

 

(……、)

 

 

それを拾って、あたりを見渡す。ティファが本を持ち歩いているところをみたことがないから、大方宿のものだろう。

予想通り、近くに誰でも読めるように置いてある本棚があった。俺はその本の内容を確認しないまま、それを本棚に戻す。

 

そして、もう一度ティファに目をやる。

 

俺が言うまでもなく、こんなところで眠っていたら危ない。いくらティファが強いからといえ、寝込みを襲われたら全く笑い事にならない。

再会したときから、いや、もしかするとニブルヘイムにいたときから思っていたことなのかもしれないが、ティファは少々自分の魅力に疎い。

 

 

「…ティファ」

 

 

ティファの様子を確認できるように、かがみこんでもう一度声をかける。

覗き込んだティファは、なぜか少し、悲しそうな顔をしたまま眠っていた。

 

 

(……?)

 

 

どうして、そんな顔をしてる。さっき読んでいた本が原因か?それともなにか言われたか、なにか見たか。

 

ひとり、彼女の表情を見つめながら色々考え込んでいると…小さく小さく、その唇が言葉を発するために動いた。

 

 

「……どこ……」

「…」

「………クラウド……どこ……」

「……、」

 

 

(……俺の夢をみてるのか?)

 

 

「……」

 

 

夢の中で俺を探しているらしいティファに、現実の俺が返事をするのもおかしな話だと思い、しばらく様子をみる。……でも。

 

 

(…どうして)

 

 

どうして、俺の夢をみているときに…そんな寂しい顔をしている?

 

 

「……かないで、」

「…?」

「…いかないで……」

 

 

(……、)

 

 

あまりにもティファが悲しそうに呟くから、こちらにまで何か感情が伝染してくる。

 

 

「…ティファ」

 

 

俺は小さく名前を呼びながら、自分を強く抱きしめて眠るティファの頬に手を伸ばす。

そして、触れかけて、やめる。

 

触れてはいけないような気がした。触れるのは、俺であって…俺ではないような気がした。

 

 

「……ティファ」

 

 

俺は、行き場をなくした腕を引っ込め、もう一度名前を呼ぶ。

さっき、夢の中のティファに返事をするのはおかしいと思ったところだったが、せめて…ここにいることは、伝えたかった。

 

 

(……、誰に?)

 

 

誰が、ここにいることを?

 

 

(ティファは……誰を探している?)

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

俺は何も言わず、何も言えず、何にも触れられず…ゆっくり立ち上がった。

 

それから固く縮こまっているティファをほぐすように、ティファ自身を拘束している彼女の腕をゆっくり解く。

そして、起こさないようにそっと、彼女を抱き抱える。軽いからだを…重いいのちを。

 

 

(……、)

 

 

自身の腕の中、覗き見たティファは、少し疲れているようにも見えた。

 

俺が俺自身のことで精一杯になっている間に…ティファは、どこか苦しんでいる。

いつもはそれを気づかせないよう元気に振る舞っていても、きっとティファは……俺に見せていない、知らせていない何かを持っている。何かを、隠している。

 

 

「……」

 

 

それぞれの部屋へ続く階段を、ひとつずつゆっくり登りながら…俺は心の中で醜い不安が脈打つのを感じていた。

 

 

考えなければいけないことがある気がしていた。 ずっと前から、心のどこかで。

気づかなければいけない何かがある気がしていた。ティファの目をみる度、ひとりの時間がくる度。

 

 

もしかすると俺は、心のどこか奥底でわかっていたのかもしれない。

 

それこそが、ティファが探していることだということを。

 

ティファが探しているのは……「俺」ではないことを。

 

 

ダークマター

 

(ぼくに、ふれないで)

 

 

 


fin,