ティファと喧嘩をしている。
喧嘩というより、俺が一方的に怒っているだけかもしれないが……それが封を切ってからもう半日は経過した。
おそらくこのまま話もせずに俺たちは別々に就寝するから、実質ほぼ1日中この状態になることになる。
「……」
一人自室でティファに……いや、自分に苛立ちながら、伝票の整理をして気を紛らわせる午後11時過ぎ。
正直いつも整理するときの半分ぐらいのスピードでしか処理できていない。冷静さが、まだ自分に戻ってこない。
(……)
事の発端はいつからと言えばいいのか。
数日前、俺は長期の配達のため家を出た。いつものようにティファに、子どもたちに見送られて。
そんな俺の耳に絶句する情報が届いた。それは、まだ家に帰る予定のなかった昨日の夜。ふいにかかってきた電話から。
「ティファが怪我した?」
電話の向こうはデンゼルだった。デンゼル曰く、どこから沸いてきたのかわからないモンスターがエッジの中心部に現れて、どうやらティファは自ら退治役に名乗り出たらしい。
それだけなら俺から言うことはなかった。言うまでもなくティファは強い。俺が全て守り切ることを、ティファも望んでいない。
ただ、どうしても苛立ちを感じざるをえない問題が発生した。
問題その一。周りの人間を庇いながら戦ってしまったせいで、ティファはまともに敵の攻撃を受けて、脚の骨にひびが入る大怪我をしたということ。
問題その二。その事件があったのが、昨日のことではなく……三日も前のことだということ。
「……」
ペンを走らせながら、つい色々考える。仕事を中断し、今日の昼、急いで戻ってきたことを思い出す。
慌てて帰宅した俺を迎えたのは、片手に松葉杖をつきながらキッチンに立って、ぽかんとこっちを見ているティファだった。
俺の気も知らずにティファは「どうして」と呟く。
俺は、一通りティファが無事なことを目で確認してから…怪我をしてもなお仕事をしようとしている姿に対しても苛立ちを覚え、つい声を荒げた。
「何してる」
「何って、どうして怪我したこと知って……って、仕事は?」
「話を逸らすな。なんで言わない。なんで隠そうとした。デンゼルが気をきかせて電話してこなかったら今も知らなかったんだぞ、」
「…そんな、命に関わるほどじゃないし……クラウド仕事、忙しそうだったし、」
「そんな理由にならない理由は聞きたくない」
「クラウド、」
どこが痛むのか、今は大丈夫なのか。他に怪我はないのか。……傍にいられなくてごめん。知らずにいてごめん。
もっと他に最初かけるべき言葉はあった。ティファは怪我人だ。しかもたくさんの人を守るために怪我をした。
でもそんな言葉をかける余裕は自分にはなかった。
守れなかった悔しさと、俺に、自分より仕事を優先させようとしたティファに対しての苛立ちは、予想以上に大きかった。
「…どうしてわからない。俺が、誰を一番大事にしてるか、知ってるだろ」
「……、」
「それに、何で仕事してる。せめて店は休め」
「でもほら、元気だよ」
「ティファ!」
ティファは思い切りびく、と体を震わせた。明らかに、怯えた様子で。
「………頼む、ティファ」
「……、」
頭を抱えて大きく、大きく思いため息をつく。最後に震えていたのは、多分俺のほうだった。
「…いい加減にしてくれ……」
ティファは、そう小さく呟いた俺の名前を必死に呼んでいたけれど、そのときは応える気になれないまま、俺はその場を去った。
二階にあがるときマリンたちが心配そうにこっちを見ていたことに気づいても、そのフォローさえできないままに。
(……)
かたん、とペンを机の上に置く。思い出せば思い出すほど、自分の不甲斐なさを自覚して、全く仕事にならない。
どちらが悪いかという目線で考えたら、答えは明確だった。ティファに非はほとんどないから。
俺も、そろそろわかってきた。自分の頭がティファのことになると正常に働かなくなることを。
ティファが誰かに傷つけられるのも、怪我を負わされるのも、泣かされるのも、考えただけで耐えられなくなる。つい、衝動的に行動してしまいそうになる。それが例え、ティファのためにならなくとも。
そう、わかっていた。全て俺自身の我儘だ。俺のどうしようもない独占欲のせいだ。
冷静に考えれば、命に別状がないなら大丈夫な話だ。ティファが怪我をしたことがないわけではないし、旅の間もっと酷い怪我だって見てきた。それなのに。
そうして、一人考え込んでいたとき。
「……クラウド」
「…!」
ふと後ろから聞こえてきたティファの声。頭がいっぱいで、全く気配に気づかなかった。
反射的に振り返れば、ティファは杖をついて、扉を開けっぱなしにしていた俺の部屋の前に立っていた。そして、案の定申し訳なさそうな顔をしている。
(…、違う。そんな顔をさせたいわけじゃ…)
「……ティファ」
ひとまず返事の代わりに名前を返す。ティファはもじもじとしたまま、口を開く。
「……。あの…」
「……」
「…ちょっといい?嫌だったら、戻るから」
その言葉に大きく息をつく。嫌な理由もだめな理由も…ティファがそんな顔をしなければならない理由もない。
小さく頷けば、ティファは俯いたまま部屋に入ってこようとする。まだ杖での歩行が慣れていないのか、見ているだけではらはらする。
(……、)
俺は立ち上がりティファの傍まで行き、彼女から杖を奪って、その辺の壁に立てかけた。
そしてわたわたするティファを無視してかがみ、彼女の膝の裏に腕をいれ、そのまま横向きに抱き抱える。ティファは腕の中で恥ずかしそうに俯いていた。
その体が温かいことに、まだ安心感を覚える自分がいた。
「…あ、ありがと…」
そっと、脚に痛みが響かないようベッドに腰掛けられるように降ろす。
それから、自分がどこに座ろうか一瞬悩んで、そのままベッドの上、ティファの隣に腰掛けた。まだ、なんとなく顔は見れない。
「……」
「……」
お互いにこういう状況が得意ではないから、沈黙が当たり前のように始まる。
謝らないといけない。酷い言い方をしたことも…こっちの都合で怒っていることも。
だけど、ティファは俺がそんなことを考えている間に、早く口を開いた。
「…あの、クラウド」
「……」
「……ごめんなさい」
「……、」
思わず、顔をあげて隣のティファを見る。ティファはこっちを見ていなかった。ただ俯いて、手元を見ていた。
「私、よく考えずに……ただの怪我だから、言わなくてもいいかなって判断しちゃって」
(……俺は…)
何を謝らせてるんだ。ティファが、何を謝る必要があるんだ。
(……)
「いや……、悪いのは俺だ」
「…え?」
「…すまない。さっきは……きつい言い方をしてしまった」
「ううん……別にいいの」
「よくない。……ごめん、怖かっただろ」
「…、クラウド」
ティファがようやく、顔をあげる。その目はまだ震えていたけれど、真っ直ぐに俺を見つめてくれていた。
「…情けない。……ティファは俺のために言わずにいてくれたのにな」
「……でも結果的に、クラウドを傷つけちゃった」
「…俺は……。……ただ、嫌なんだ。俺が知らないところで、ティファが傷つくのが……怖いだけなんだ」
「……」
「だから……ティファが悪いわけじゃない」
そう言うと、ティファは切なそうに目を細める。それから頷きも、否定もせず、俺の名前を呟く。
(……)
俺は、まるで赦しをこうように、隣のティファに少しだけもたれかかって、その細い肩に頭を預けた。
優しい香りが包む。ティファはそんな俺を慰めるように、俺の頭に頬をすり寄せてくれた。
「……」
ふと視界に入る、包帯の巻かれたティファの右脚。
痛まないようにそっと触れて撫でながら、どんなに大変だっただろうか考える。
「………痛かっただろ」
「……うん。…怪我するの久しぶりで……」
「…ごめんな。一緒にいられなくて」
「ううん、しょうがないよ。それに……」
「……?」
「……ほんと、我儘なんだけど……帰ってきてくれたの、やっぱり、うれしかった」
「…ティファ」
「…ごめんね、勝手だよね……」
「いや……。…ティファ。戦うなとは言わない。でも……今度はすぐ知らせてくれ」
「…うん」
「俺がどこにいても、何をしててもいいから……」
俺にとって、ティファよりも優先すべきことなんて…おそらくこの世界に、ないのだから。
「……」
ティファがそっと、俺の髪を、頭を撫でる。
心地よい感覚に目を細めながら、俺は自分の中の闇を見つめる。
いつか……この大きく膨れ上がったティファへの想いが暴走して、ティファ自身を傷つけることにならないだろうか。
今ティファがすべてを許してくれているとしても、いつか、いつか。
(……俺は、そのとき俺を抑えられるのか)
何も言わず、ただ俺を受け入れ続けてくれる大切な人のことを……俺は。
(……)
「………ティファ」
「…ん?」
「……俺、だめなんだ。…ティファのことになると」
「…クラウド」
「…頭が働かなくなる。……自分で、自分を制御できなくなる」
「…」
「……またこうやって、逆にティファを傷つけそうで……それがとても、怖い」
「……」
ティファは、小さく頼りなく震える声を聞いて、黙っていた。
でも暫くして、そっと脚の上に置きっぱなしだった俺の手に両手で触れ、優しく包み込む。
その力は優しくて強くて、柔らかかった。
「……いいんだよクラウド」
「…?」
「私、だいじょうぶ。クラウドがそうでも、怖くないよ」
「……、ティファ」
俺が受け取るにはあまりある言葉に、思わず顔をあげる。
こっちを見つめていたティファの瞳は穏やかで、その掌と同じぐらい柔らかい眼差しをもっていた。
「だから……」
「…」
「…そんなに自分を怖がらないで」
まっすぐに、俺を見ていた。
「……」
俺は…何も言えなくなって、ただティファを、できるだけ優しく抱き寄せた。
ティファも優しく俺の背中に手をまわしてくれた。何度も何度も、撫でてくれた。
「……ありがとう」
ティファからの、嬉しいのに嬉しくない、勿体のない言葉を受け止め、ぎゅっと目を閉じる。
守るって何だ。大切にするって何だ。
俺は本当にその方法を、知っているのか。
(……)
ティファの生きている証を、体温を感じながら大きく大きく息をついた。
想いは確かに本物なのに、まだ、わからないことだらけだった。大事にするということも、愛するという意味も。
二酸化炭素で息をする
(正しい方法も、過ちも、誰も教えてはくれない)
fin,