夢を見た。

どこかで倒れ動かなくなった俺に、ティファが泣き叫びしがみついている夢だった。俺はそれを、「ふたり」を、二人の隣に立ち見下ろしていた。意識を失い目を覚さない自分を無心で見つめながら、なるほどこれが死かと悟った。

ティファが必死に揺り動かす俺の体から流れているのは、赤い血ではなく真っ黒でどろどろしたもの。見覚えはあった。それの発する苦しみにも覚えがあった。……星痕だ。

 

「クラウド」

 

その黒に構うことなく、俺にすがりつくティファを見つめながら変に冷静な頭で思う。ティファ。どうして俺を見つけてしまったんだ。その俺に触れちゃだめだ。真っ黒になってしまう、汚れてしまう。ティファまでも黒になってしまう。このままだとティファにとって俺が、ティファの前からいなくなった悲しい人間の一人になってしまう。

そうしたくなかったはずなのに、そうしたくないから俺は逃げたはずなのに。

 

「行かないで」

 

ティファの泣き声。連れて行かないで。この人を連れて行かないでと叫ぶ声。その声が届くと同時に、胸を切り裂くような痛みに襲われる。ともすれば人を死に至しかねない激痛に頭を抱える。

 

心が叫ぶ。やめろ、やめてくれ。俺にこれを見せないでくれ。彼女の目の前で俺を殺さないでくれ。

 

未来が割れる。これまで守り抜いてきたと思っていたものが音もなく、恐ろしい速さで崩れ落ちていく。

ゆめは壊れる。声にならない声を、俺を抱きしめようとするティファにすがりつき、叫ぶ。脳裏に別の声が響く。乗り越えたはずの声。もう大丈夫だと、大切な人たちと約束した未来。

 

どうしてこうなったとおもう? どうしておまえにばつがあたえられたとおもう? おもいだせ。わすれるな。にげるな。おいていくな。これはまだ、おまえのなかにいる。

 

(お前は本当に、私を思い出にできると思ったのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

目が覚めた。俺は、隣でおだやかに寝息を立てているティファの手を握っていた。

頭はぼうとはしていない。夢の反動なのか脳内はやけに静まりかえっている。台風一過の静けさと呼ぶべきなのか。その割には全く晴れ渡っているような気配はしないけれど。

 

「……」

 

強く、ティファの手を握りしめすぎていた力をゆっくり抜く。どうやら無意識に夢のなかからティファに助けを求めしがみついていたらしい。あまりの強さにティファが目を覚さなかっただけ幸運だ。余計な心配だけはさせたくない。

力を抜いた手で、改めて細く白い指を包み込む。そして優しい寝顔を見つめながら、この光景を、脳内に残像として残る……さっき幻覚で見たティファの泣き顔に上書きしようとする。

ティファは泣いていない。ティファは眠っている。ティファは悲しんでいない。安らかな夢を見ている。

心の中で呪文のように呟く。あれは夢だ。こっちが現実だ。俺は生きている。ティファはここにいる。

 

「ん……」

 

ふと聞こえたティファの声。呪文を呟くとともに、俺はいつの間にか固く閉じていた瞼を開ける。起きてしまったかと思ったが、どうやら少し肌寒さを感じただけらしく、ティファは目を閉じたままぶるりと体を縮めていた。

 

「……」

 

寒いのはいけないと、ずれていたシーツをいっぱいにティファへかける。俺はどうだっていいからと自分にかかっていた分までまとめて被せてやると、ティファはほっとしたように口元を綻ばせた。

 

そんなティファにさらに温もりを重ねようと……いや、俺自身がティファの温もりを確かめようと彼女をシーツごと抱き寄せる。ふわりと香るティファの優しい匂い。掌と腕と、抱き寄せた胸の中で感じる、柔らかくあたたかいティファのからだ。

 

「…んー……」

「……」

「………くるし…」

 

腕の中に閉じ込めたティファの、くぐもった声が聞こえたのはそれから五分も経たない頃だった。

ほんの少し力を緩めて、ティファの様子を伺おうと顔を覗き込む。ティファはもぞもぞと動いて、眉間に皺を寄せていた。

 

(……ティファ)

 

「………、」

「……………クラウド…」

「……」

「……クラウドくるしい…」

「……」

「……ねえ…起きてる…?」

 

ごめん。解放してあげられなくてごめん。心の中で謝りながら腕の力はそのままに瞼を閉じる。寝たふりをするつもりはなかったけれど、今ティファと会話をしてしまえば最後、閉じ込めていた弱音が止めどなく出てしまいそうだったから。

 

ティファはしばらく俺の胸の中で身じろぎをしていたが、少しすると上手に顔を外に出してきた。

目を開けずとも、ティファが俺の顔をまじまじと見つめて観察しているのが気配でわかる。狸寝入りは下手な方だが、できれば今日はばれたくないと、俺は必死に意識を落とすふりをした。

 

「……クラウド…?」

「……」

「………寝てる…?」

「……」

「…どうしたんだろう。…変な夢でもみてるのかな」

 

ぶつぶつと小声で話しながら、俺の頬を指先でつつくティファ。ティファの想像している「変な夢」が一体何なのか気にはなるが、くすぐったさに耐えながら起きるタイミングを逃して、そのまま寝たふりを続ける。

 

「……何の夢だろ…」

 

ティファはそんな俺の努力を知ってか、独り言にしては多い呟きをぽろぽろとこぼし続けた。

 

「……」

「…締めつけられてるのかな」

「……」

「……タコのモンスター? …イカ? ……あ」

「……」

「…セフィロス?」

「ふ、」

「あ。やっぱり起きてた」

 

思いも寄らないティファの発想の展開に、思わず我慢していた笑みが溢れる。しまったと思うときにはもう遅い。恐る恐る目を開けると、ティファはずいぶんと嬉しそうな様子で俺をみて微笑んでいた。……どうやら狸寝入りしていたことは最初から気づいていたらしい。

 

「もう、寝たふりなんかして」

「……つい笑ってしまった」

「ふふ…」

 

楽しそうに笑うティファに頬を緩ませながら、観念して腕の力を緩める。ティファは夢についてそれ以上追求することをせず、ただ優しく挨拶のキスを額に落としてくれた。

 

「…おはよ、クラウド」

「……おはよう」

「今何時だろ………うん、まだ起きなくてもいっか」

「…ごめん。起こしたな」

「ううん、いいの。クラウドと朝ゆっくりするの好きだから」

 

思わず出たと思われる珍しく素直な言葉。ティファは俺が照れる前に自分で照れてしまい、顔を隠すように腕の中に顔を埋めた。からかうのもかわいそうだと思い、俺も素直にティファを抱きしめなおす。まだ少し冷たさの残る肩を優しくさすってやれば、ティファは腕の中で柔らかく微笑んだ。

 

「……クラウド」

「…ん?」

「……。今日はお仕事、遅い?」

「いや……今日は閉店までには戻る」

「よかった。……何か食べたいものある?」

「……今日の店のメニューは?」

「あ、いいよ、お店に合わせなくたって。ありがとう」

「…でも、関係ないのを作るのは大変だろ」

「ふふ、よく知ってるね」

「いい加減覚えた」

「あはは……でもね、ほんとにいいよ。今日は沢山料理したい気分なの」

「……。…じゃあ……」

「……」

「………シチュー」

「うん、わかった。おいしいの作って待ってるね」

「…ああ。ありがとう、ティファ」

 

ティファの……さりげない気遣いと優しさを感じながら、心を込めて礼を言う。ティファは俺の様子が少しおかしいことに触れることなくただ笑顔を向ける。大丈夫、もう大丈夫。言われてもいない言葉が、不思議と心の中に流れ込んでくる。

 

ティファは知ってる。どうすれば一番、思い出を痛く苦しいものとして受け入れずに済むのかを。

 

「……ティファ」

「うん?」

「…俺は大丈夫だ」

「……うん。わかった」

「…でも」

「?」

「もう少し……大丈夫じゃないふりをしていてもいいか」

「…もちろん。いつまでもどうぞ」

 

強がることから解放された体は脱力し、身を預けているベッドに深く深く沈み込んでいく。いつの間にか、意識を保たないといけないと緊張していた気は一本一本紐解かれ、柔軟で穏やかなものになっていく。

 

俺は、重力に抗うことをやめて、そのままゆっくり瞼を閉じた。

 

逃げるべき場所なんてどこにもなかった。ただここで息をしていればいいのだと、ティファは何度でも思い出させてくれた。

 

 

コールミー

 

(何度忘れたって、いいから)

 

 

 


fin,