「クラウド、クラウド」
繰り返し俺の名前を呼ぶ、聞き間違えることのない声を心地よく受け止めながら、閉じていた瞼を開ける。自分が変な体制で、店のソファ席に横たわっていることに気づくのは、俺を覗き込むように見下ろすティファと目が合ったとき。
「…あ、起きた。こんなところで寝ると風邪ひくよ」
「……」
「……クラウド、寝ぼけてる?」
ぼんやり大切な人を見上げながら「寝ぼけている」ことを認めるかのように、何度かゆっくり瞬きをする。そう、確か俺はティファと話がしたくて、ティファが店の片付けを終えるまでこの席で待っていた。
特段なにか用事があったわけではない。話がしたい、とは格好をつけた言い方で、ただ同じ空間にいたかっただけ。だからティファの邪魔をしないよう、シャワーを浴びたあと大人しくここに座っていたのだが。
「…ふふ、お仕事疲れちゃったかな」
寝落ちるまでのことをのんびり回想するうちに、ティファはおかしそうに俺を笑う。優しく前髪をよけてくれる指先が嬉しくて、ろくに開けられていない瞼をさらに細める。掠れた声で何とか名前を呼び返してみると、ティファは同じく嬉しそうに頷いてくれた。
「なあに、クラウド」
その小さな掌が、今度は俺の頬を包む。
触れられた場所から、体温の温度をした幸福が広がって、俺の体と心をも包んでいく。
これだけじゃ足りないと、溢れる気持ちは駄々なのだろうか。その名を再度呼ぶ自分の声に、甘さが潜んでいるのに気がつきながら、俺はティファの瞳をじっと見つめた。
「……」
何かを察したティファが、髪を耳にかける。それから躊躇うことなく身をかがめ、ティファを待つ俺に自分の唇を重ねた。まるで熱で溶けるアイスのように、柔らかくキスが交わる。ついばんで、ついばんで、足りなくてついばんで、俺は瞼を閉じティファだけを味わう。
何十秒と続く口づけのあとそっと離れたティファの瞳は、体の中の血が思わず踊るほど美しく潤んでいた。
「……クラウド」
俺の名前を呼ぶ声は、いつにも増して穏やかだった。
ティファはソファに腰を下ろしてから、俺の胸の上にそっと手を添える。その手を包み込むように両の手で握ると、ティファも優しく握り返す。
じっと互いに見つめ合いながら、ここには俺たちしかいないのだと悟った。この部屋に溢れる酸素を受け入れられるのは、きっと俺たちだけなのだと。
「…ティファ」
「…なあに?」
「…捕まえた」
「え? ……あ。罠だったの?」
「…うん」
「もう。まんまと引っ掛かっちゃったね」
「…ティファが来てくれるのをずっと待ってた」
「ほんと? うたた寝してるようにしか見えなかったけど」
「それも作戦の内だ」
「ふふ、屁理屈」
ティファは再度身を屈め、笑顔のままキスをくれる。今度は体重を俺に預け、リラックスした状態で。
本当の意味で捕まえたと示すように、キスをしながらその身体を抱き締めると、ティファはまるで「もっと捕まえて」と言わんばかりに俺に擦り寄ってくれた。
ティファ。ティファとこうして触れ合える時間以外、俺が待ち焦がれることなんてない。
「……」
「…ティファ」
「……ん?」
「…ベッドに行こう」
「ん……もうちょっとこのままでいさせて」
「…風邪を引くんじゃなかったか?」
「…意地悪」
体が冷えてしまわないように、自分が毛布代わりになる気持ちでティファを包み込む。ティファが、ここがいいと言うのなら、俺もここがいい。ティファがそばにいてくれるのなら、場所なんてどこでも構わない。
そばにいるために、俺たちは家族になったのだから。全ての場所が帰る場所になるように、一緒にいるのだから。
その後、ティファが眠りに落ちるまで、俺たちは明るい店内の蛍光灯の下で抱き合っていた。
俺の上に重なるティファの繊細な重さを、ずっと忘れないでいたいと思った。
ベイビー・ベッド
fin,