ティファは時間を泡にする。そばにいるとブクブクと、時間は形を保てず消えていく。

 

起きる予定だった7時より、30分早く目覚めた日の朝。早く目覚めた分余裕を持って支度をするとか、贅沢に二度寝をするとか、そういった選択肢は俺の中に存在しない。俺が選ぶのはただ一つ。隣ですやすやと寝息を立てる人の寝顔を見つめることだけ。

 

別に、そうしようと決めているわけではない。正しくは、そうすることしかできないのだ。早めに寝床を抜け出して、朝ティファがしている朝食の準備を俺がやっておくとか、マリンとデンゼルを起こす係になるとか、出来ることやすべきことは沢山ある。だけどいつもだめだった。隣で眠るティファの寝顔は、そばで見つめるという選択肢以外をすべて、抹消してしまうほどの何かを持っているから。

 

すべらかな頬。長いまつ毛。桃色の唇。あたたかく柔らかな胸元。俺がつけた、首筋の赤い跡。

魅力的でない部分など、ティファの中には存在しない。

 

 

 

「……」

 

 

ティファは時間を泡にする。いつの間にか過ぎていた起床時間。起きる時刻を知らせるアラームの音。

 

俺たちを想い鳴っているはずの目覚ましの音を、俺は軽く舌打ちをしてから止める。恩知らずなやつだと時計は思うだろう。だが俺は守らなければならない。ティファの寝顔を、ティファとの時間を。

 

まだ起きるなと、ティファの頭を少し強引に抱き寄せる。だが、いつも時間通りに起きるティファだから、案の定腕の中でみじろぎを始めていた。だけど俺は腕の力を緩めない。あっという間に過ぎてしまった時間を、まだ受け入れたくはないから。

 

 

「……ん、…」

「……」

「…くらうど……くるしい」

「……」

 

 

離すものかと思いつつ、ティファを苦しませることは俺の本能が許さない。徐々に緩めていく腕の力。ティファが俺の背中を撫でながら大きく深呼吸をついたとき、ちょうどいい加減にまで戻せたことを知る。

 

恐る恐るその顔を覗き込むと、ティファは寝起きの透明な涙で瞳をうるませ、こちらをそっと見上げていた。

 

 

「……ティファ」

「…おはよ、クラウド……」

「……うん。おはよう」

「…どうしたの……? 切なそうな顔して」

「……ティファがもうすぐ、ベッドを抜け出すのかと思ったら悲しくてな」

「ふふ……もう」

 

 

くしゃ、と、ティファは屈託のない笑顔をみせる。その笑顔を忘れたくなくて、俺は必死に脳裏に焼き付ける。

そんなに悲しい顔をしていたのだろうか。いつもなかなかしてくれない唇への挨拶のキスを、ティファは上機嫌で贈ってくれた。

情けない。それだけ簡単に、口元はだらしなく緩んでしまう。

 

 

「…甘えん坊さん」

「……うん」

「…いま何時……、あ、もう」

「…見るな」

「だめったら、クラウド。時計返して」

「あと15分したら返す」

「……。マリンたちに怒られたら、クラウドのせいにするよ?」

「…いいよ」

 

 

ティファの言葉を勝手に許可だと受け取って、もういちどキスをし直す。朝からティファを味わえることが嬉しくて、夢中で重なろうとする。さりげなく覆いかぶさり、下着しか纏わない胸の膨らみに手を伸ばしても、ティファが拒否することはなかった。

 

さあ。貰った15分で、何をどこまで進めようか。

 

口づけを深めながら考える。急いで熱く、体を繋げてもいい。このままずっと穏やかに、口づけを続けているのもいい。ティファの許しを得て、見惚れ続けていたっていい。

 

何だっていいんだ。ティファと触れ合っていられるのなら、何だって。

何を選んだとしても、時間が足りないということだけは変わらないのだから。

 

 

「…ん、……クラウド」

「ティファ……」

「……、…ふふ……」

「…ん?」

「…ごめん、おかしくて」

「…おかしい?」

「うん。……昨日の夜あんなに貰ったのに、まだ私、クラウドが足りないみたい」

「……足りないなら、いくらでもやる」

「ほんと? 嬉しい」

「…だから、あと追加で30分」

「ふふ、だめだよ」

「…駄目か」

「そんな顔しても、だめです」

「……」

 

 

くくくと声に出し、お互いの首筋に顔を埋めて笑い合う。ちょうど目の前にある、鎖骨の上、定位置に咲くキスマークに口付けると、ティファも俺の真似をして首にキスを贈ってくれた。

 

 

(……ああ、)

 

 

足りない。足りない。時間もティファも、何もかも足りやしない。

それなのに、心の中に生まれてくる感情は喜び一色だ。簡単に消えてなくなり、切ないものと化す時間の早ささえ、大切なことのように感じる。

 

そう。ティファは、時間を泡にする。ティファによって泡となった時間が……美しくないわけがない。

 

 

「ティファ〜!」

「…!」

 

 

マリンの元気な声が寝室にまで届いたのは、口づけに夢中で言葉を交わすことすら放棄しはじめた頃。

中断せざるを得ない時間。まだ互いの目が熱いままなのはわかっていたけど、見つめ合い苦笑し合うことで、何とか自分達を落ち着かせる。まるで変化しようとしていた体を無理やり押さえ込むみたいだ。ティファを食べたい本能が、文句を言っているのがわかる。

 

 

「…、……時間切れだね」

「……こればかりは逆らえない」

「…。……また、あとで」

「…今夜?」

「……もっと早くてもいいけど」

「……。早く支度しようティファ。時間を作らないと」

「ふふ、さっきと言ってること逆になってるよ」

 

 

おかしそうに笑うティファの手を引いて、体を起こす。

 

ティファの言う通り、さっきまで起き上がることすら躊躇していた人間とは思えない身支度の早さを、自分でもおかしく思う。

 

ティファは白いTシャツを着る。俺も黒いTシャツを着る。体の中に熱をちゃんと閉じ込めたまま、日常生活の中へ遅刻者として飛び込む。

 

 

 

限られた人生の時間の中、1秒でも多くこの人のそばにいたいと思った。ティファのくれる1秒は、ここまで歯を食いしばり歩いてきた自分への、何よりもの安らぎだった。

 

 

 

彼女は時間を泡にする

 


fin,