「……クラウド」
ぼそぼそ聞こえたティファの声。伝票の整理に集中していた意識を解き、顔をあげる。
いつの間にか、店のカウンターに座る俺の隣に立っていたティファは、口をへの字の形にしながら俺の服の裾を引っ張った。
「…ティファ?」
まだ整理に時間がかかるから先に寝ておいてほしいと告げたのはつい5分前。俺は、一緒にいる時間を少しでも長くしようと、店の片付けをするティファのそばで作業をしていた。
案の定、会話の方が楽しくて進まなかった仕事。先に店の片付けを終えたティファに無駄な夜更かしをさせるのもどうかと思い、終わりそうにないからと寝室に見送ろうとした。……見送りきれていないから、ティファはまだここにいるわけだが。
「……」
「…ん?」
何か言いたそうにしながらも口をつぐんでしまった顔を覗き込む。ティファは恥ずかしそうに顔を逸らし、ちらちらと視線を送る。言うか言うまいか困った様子で悩む姿を愛おしく見守っていたら、ただ瞬きを繰り返すだけの鈍感な俺に、ティファは小さな声で言葉を続けた。
「……。あの」
「うん」
「……やっぱり…先に寝なきゃだめ、ですか?」
(……)
思わぬ質問に固まる体。硬直した俺の表情を見て何を勘違いしたのか、慌てて「ごめん」と謝るティファ。
違うんだ、ティファ。そうじゃなくて。言葉で引き止める代わりに、体を引こうとするティファの肩を抱き寄せ、腕の中に仕舞い込む。一瞬見えたその口元が俺と同じくらい緩んで見えたのは、きっと気のせいではない。
ティファは控えめに笑い声を漏らして、細く柔らかい腕を俺の首に巻きつけてくれた。
「……」
「……。前言撤回、してもいいか」
「…うん」
「…ここにいて、ティファ」
「……いいよ」
「……あと、もう一つ」
「…?」
耳を傾けてくれるティファに、小声で「もうひとつ」の頼みを告げる。頼みを聞き遂げたティファは、慌てて俺の顔を確認する。
でも俺が特にふざけた様子を見せていないことがわかったのか、顔を赤くしながら頬に手を添え、優しい口付けをくれた。
「……」
どちらからともなく目を閉じて、ただゆったりとお互いを感じる。ティファのくれる、性急とは程遠い柔らかいキスは、静かに俺を元に戻れないところまで引っ張っていく。
そろそろ顔が見たいと口付けを中断すると、ティファはここが寝室でないことを悔やんでしまうような甘い表情で俺を見つめていた。
「……ティファ」
「ん…?」
「…ここでするか?」
「え……だ、だめだよ、そういうことはちゃんとベッドでしよう」
「でもティファ、待てない顔してる」
「……それはクラウドでしょ?」
「俺はいつもこんなだ」
「うそ」
「…いいのか? ベッドまで待てる?」
「……。クラウド仕事残ってるもん」
「ティファとの、終わってから続きする」
「絶対できないよ……」
「そのときはそのときだ」
「……もう」
呆れたように呟くその声には、いつだって許しの意味が混ざっている。今度は俺から性急に近い口付けをしても、ティファは拒否をすることなく優しく受け入れてくれた。
ティファの体に触れながら、かろうじてずっと握っていたペンをカウンターテーブルの上に置く。今度このペンを持つのは一時間後だろうか、それともずっと後だろうか。
この世に残り何時間あろうと、時間は足りなかった。ティファにまつわる全ての時間を優先できたらいいのにと、判断力などとうの昔に失った頭の中の俺が、穏やかにため息をついたような気がした。
あさがお
(きみを探して、花を咲かせる)
fin,