眠っていた。うつらうつらとした記憶を最後に、おそらく3時間ほどの時間。

 

ぱちりと開けた瞳に最初に映るのは、めざめた私と対照的に目を閉じて横たわるクラウド。どうやらベッドの上で彼を見守っているうちに、添い寝をする形で私が先に眠ってしまっていたらしい。

 

子守唄となったのは恐らく、彼からぽつりぽつりと出るうわ言。大切な意味があるのか、それとも全く意味がないのか。そこにクラウドの意思があるかさえわからない。確かめようがない。今の私には……今のクラウドの考えていることは、わからない。

 

「……」

 

(……ぐっすり寝てる)

 

寝落ちるまで聞いていた苦しそうなうめき声が記憶に新しいから、目の前の穏やかな寝顔に安堵する。

眠っているときはそう、いつもと変わらない、これまでと変わりないクラウド。いや、ひょっとしたらこんなにしっかりと寝顔を見られたのは初めてかもしれない。色々なことが一気に起こるこの旅の中で。息つく間も無く悲劇が重なる世界の中で。

 

 

 

 

 

 

 

エアリスが帰ってこなかった。

メテオを発動させてしまった。

これまで背中を追いかけてきたクラウドが、幻だったということがわかった。

 

これ以上残酷な展開が他に存在するだろうか。これ以上の絶望が、生まれうるのだろうか。

 

目の前にいるのはクラウド。苦しみながら眠っているのはクラウド。だけど中で眠っているのがどのクラウドなのかはわからない。私の幼馴染なのか、それとも私を赤の他人を見る目で見つめ、初めて呼ぶかのような声で名前を呼んだ、あの幻なのかはわからない。ただ彼という入れ物がここにあることだけが確かだった。ここに、クラウドがいるのかもしれないということだけが、希望だった。

 

そして同時にこの場に一緒に横たわっているのは……もう二度と「彼」が帰ってこないかもしれないという、地獄。

 

 

 

「……」

 

時間はいま、何時くらいだろうか。とても静か。夜とも朝とも呼べない時間? 体はかなり冷えている。

 

ごめんね。少しお邪魔するね。相手に届いているかわからない謝罪を口にしながら、クラウドにかかるシーツをめくり、一緒に中に入る。そこは温かくて、ちゃんと人の体温があって、今感じたくない生きている証拠を、この弱った心臓に叩きつけてくる。

 

「……さむい…」

 

思わず声に出てしまったのは、寄り添うことへの言い訳かもしれない。体温を分けてもらうための口実かもしれない。

 

恐る恐る抱きしめる、クラウドの体。衣服の上からもわかる分厚い胸板に耳を寄せて、心音を確かめる。

 

 

 

一体どちらに従うのが人として正しいんだろう。ずっと想いを寄せていた人をそばで見守れる幸運と、その幸せを凌駕して真っ黒に光る虚しさ。

こんなにも近くにいるのに、クラウドがその目に私を映すことはない。あの声で名前を呼んでくれることはない。記憶があるかどうかさえ定かでないし……私たちが確かに紡いできた思い出が、なかったことにされたっておかしくない。

 

「……」

 

そっと指を伸ばして、クラウドの乾燥した唇に触れる。幼い頃から、触れてみたくて仕方のなかった唇。クラウドと想いを通わせて、いつしかそれを許される日が来るのならどんなに素敵だろうかと、心のどこかで抱いていた淡い恋心。

だけど、こんな形じゃない。こんな形での夢の成就は望んでいない。私が触れたかったのはクラウドの体じゃない。私が触れたかったのは。私が、触れたかったのは。

 

 

 

 

「……クラウド」

 

あなたはどこから、あなたでなくなったのだろうか。あなたはどこまで、あなただったのだろうか。

給水塔で約束を交わしたあなたはもう、この世にいないのだろうか。駅のホームで再会したとき、私の名前をはっきりと呼んだあなたは、もうあなたでなかったのだろうか。

 

一緒に何でも屋さんをしてくれたあなたは? ピンチのときに約束通り私を助けてくれたあなたは?

 

記憶が正しいものではなくても、徐々に心を打ち明けてくれたあなたは? 時折笑顔を見せるようになったあなたは? 不器用だけれど仲間思いで、その逞しい背中で私たちを引っ張っていってくれていたあなたは?

 

私がここまで恋焦がれたのは、一体、誰だったの?

 

 

「……う…」

「…、クラウド?」

 

心の中への闇の侵攻を許し始めていたとき、確かに彼が漏らしたうめき声。慌てて名前を呼んで様子を確かめても、クラウドはただ顔をしかめるだけで目覚める気配はない。

少しでも、どこかで彼を苦しめる痛みを和らげてあげたくて、何度も何度も髪を撫でる。撫でながら、撫でるたびに、いま苦しむべきは自分ではないことを思い出していく。

 

クラウドは頑張っている。何かに争っている。見つけて欲しいのか、見逃さないためなのか、ずっと手を伸ばし続けてくれている。その証拠に今……クラウドは生きている。

 

生きることを諦めて、大きな闇に負けて、意識や心を全て手放してしまった人たちを私はこれまで何度も見てきた。

クラウドは、彼らとは違う。世界中が「同じ」だと言ったって、クラウドは違う。私はそれを信じている。私がそれを信じなければならない。

 

だって、信じる人がいなくなったとき……本当の終わりが来てしまうような気がするから。

 

 

 

 

「……クラウド」

「………」

「…クラウド、頑張って。負けないで……」

 

苦しむ彼の耳元で呟いた言葉は、半分自分に向けた言葉だった。

今、信じるというか細くしなやかな想いだけが、私とクラウドの絆を繋いでいるような気がした。

 

 

 

 

あなた

 

 


fin,