セブンスヘブンと掲げられた店の看板の新しさは、この店ができてそう昔ではないことを示していた。

騒がしい、というほどではないが、そこそこ賑わっている店内には、老若男女色々な世代がそれぞれの話に花を咲かせている。

 

カウンターに目をやると、数人一人で酒を飲んでいる奴らがいた。彼らがここに一人で飲みにきている理由が、「一人客にも優しいから」なんていうものじゃないのはわかってる。ぼくもその”理由”に釣られてやって来たようなものだからだ。

 

カウンターの向こうから聞こえる、懐かしいようなそうでないような優しい笑い声。その声の持ち主を…この店の美人看板娘を自分は知っている。ふと、彼女がこっちに気づく。いらっしゃいませ、という笑顔のあと、その笑顔はみるみるうちに驚きそのものに変わっていった。

 

 

「…え!」

 

 

気づいてくれたことが嬉しくて、つい照れ隠しに俯きながら手をあげる。

 

 

「どうして!」

 

 

 

その赤色に、

 

 

 

「もう、連絡ぐらいしてくれたら良かったのに」

 

 

ティファが可愛らしく頬を膨らませながら、ぼくにお酒をつぐ。この店の名物だって聞いてたけど、本当の名物は目の前の彼女だろう。

 

 

「ごめんごめん、本当に最近知ったんだ。ティファが店を切り盛りしてるって」

「そうなんだ。あんまり変わってないね。なんかほっとする。ずっとミッドガルにいたの?」

「うん、結局な。…手紙にも書いたけど、神羅で勤めるなんて結局できないままだよ」

「ふふ……手紙、懐かしい。覚えてるよ。でも……ほら、結果的に神羅に行かなくて良かったんじゃない」

 

 

ティファが……初恋の女性がぼくの書いた手紙のことを覚えている。そして目の前で、笑っている。もうそれだけで、ミッドガルから、エッジから逃げ出さずここに暮らそうと決めて良かったと思える。

 

ぼくは、いわゆる思春期の頃、故郷のニブルヘイムを出た。

ニブルヘイムは嫌いじゃなかったけど、いわゆる若気のなんとやらだ。田舎くさい故郷ではなく、世界の最先端をいくミッドガルで、もっと成長して新しい生活を送ってみたかった。十代の田舎者なら一度は考える夢ってやつだ。ニブルヘイムでは両親がよろず屋を経営していた。両親のことも嫌いじゃなかったけど、あの頃のぼくはよろず屋なんかで人生終わってたまるか、という気持ちがあったんだと思う。

 

戻る故郷を、たった1日で失ってしまった今となっては……どうして両親のそばにいてやれなかったのか、悔やむことしかできない。

 

 

「ティファがエッジで店をやってるって知ったときは本当にびっくりしたんだ。ティファが生きてるっていうことすら、知らなかったからさ」

「え?あ……そうだったね」

 

 

あの頃と変わらず、きれいに手入れされている黒髪。光の差し具合によっちゃ赤色にも見える大きな瞳。スタイルは言うまでもない。いや、あの頃よりもずっと大人になった分、正直目のやり場に困る。

 

ティファは、あの頃みんなの、自分にとってのアイドルでもあった頃から変わらない魅力を持っている。でも、きれいなその笑顔の裏には、ぼくが故郷を出た頃にはなかった苦労の色も交差して見えた。

 

 

「…お互い色々あったんだな」

「…うん。こうして生きて会えてるのが奇跡みたい」

「…話したくないんならいいんだけどさ…あの事件のとき、ティファはニブルヘイムにいたのか?」

「うん。…色々あって助けられて、今こうしてここに住んでる……みたいな感じかな」

「そうか……なんにせよ生きてて良かった」

「あなたも。…ご両親のことは、ごめんなさい。私何もできなくて」

「いや、いいんだその話は。ティファが生きてるだけで救われた。それに、ティファもきっと色々失ったろ」

 

 

ティファは昔からすぐ一人で抱え込むタイプだったから、できればそのことが彼女を苦しめる一因になってほしくないと思う。

 

あの事件で、ニブルヘイムが燃えたというあの事件で、ぼくの両親、あそこに住んでいたみんなは、戻らない人になった。だから、ティファに何があったのかは知らないけれど、本当に彼女が生きていることは奇跡に近い。希望そのものだ。

 

彼女のつくったお酒を飲む。一度は壊滅的になったこのミッドガルの地で、多くの人が彼女の存在に救われてきたんだろうな、と、彼女の伏せた長い睫毛を見つめながら思った。

 

でも、それにしても綺麗になった。あの頃は、当たり前だけど少女のあどけなさが残っていたのに。

 

 

「…なあ、ティファ」

「?」

 

 

少々大人になった今の自分ならいける。口説き文句の一つや二つぐらい、きっと。

そう勇気を奮い立たせて、微笑んでこっちを見つめてくれているティファにデートの誘いをかけようとした、そのとき。

 

 

「あ!!いた!」

「しっ、もう声でかい」

 

 

カウンターに座るぼくのすぐ後ろのテーブル席で談笑していた女性二人組が、大きな声をあげる。せっかく準備万端だったのに、と少しいらいらしつつ、睨み気味で振り返ると、女性はある1点を見て小さく黄色い声を上げていた。

 

なんだ?何がいたんだ?

反射的に女性の注目になっている方向に目をやる。

 

 

「………な、」

 

 

カウンターの、店の奥にある階段から降りてきたらしいその男を見て、ぼくは思わず絶句した。

 

男の割にすらりとしたスタイル。着痩せしているように見えるが引き締まった筋肉が目立つ腕。少し距離を置いているのに、正直男でも綺麗なやつだなと直感で思ってしまう顔立ち。そして何より、ぼくの記憶と突然バッチリ結びつく、特徴的な金色の髪。

 

まさか、まさかまさかまさか、こいつは。

思わず勢いでティファを確認する。ティファは……優しい表情でその男を見ていた。

 

 

「クッ、」

「?」

「クラウド!?」

 

 

驚きのあまり、後ろの女性に負けない大きさの声が出た。ティファが思わず、びっくりした、と呟く。

いや、そりゃびっくりするだろう。クラウドだぞ。誰もが知ってる、愛想がないことで有名なクラウドだぞ。…いや、正直今の今まで存在も忘れていたんだけれども。

 

ちょっと待て。今店の奥、つまりティファの家の中から出てきたよな?ここが家ですみたいな顔で歩いてきたよな?

 

ぼくの叫び声に全く気づいていないらしいクラウドは、あたりをキョロキョロ見渡している。それからカウンターにいるティファを見つけて、安心したような表情を見せた。

勢いでぼくもティファをみる。ティファはさっきまで絶対にぼくには見せていなかった…好きな男をみる女の表情をしていた。……ああ、ダメだ。完全にビンゴだ。突然目の前に立ち塞がった、数年越しの大恋愛における失恋の壁。

 

打ちのめされつつ、もう一度クラウドに目をやると、運がいいのか悪いのかそのチョコボ頭と目が合う。

クラウドは、数秒真顔でこちらを見つめていた。しかし、カウンターに座るぼくとカウンター越しに接客をしてくれているティファとの距離感を目線で確認したあと、「ティファに手を出したらわかってるよな」とでも言いたげな恐ろしい目つきでぼくを睨み返した。……命の危機を感じた。

 

クラウドはそれからまたティファに目配せしてから(嘘みたいに穏やかな表情に戻った)、店内に足を進める。どうやらテーブル席に腰掛けている客と待ち合わせか何かをしていたらしく、さっきの目つきはなんだったんだという、至って常人的な表情のまま話し始めた。

 

 

「……ティ、ティファ」

「ん?」

「あれ、クラウドだよな」

「え? あ、そうか。そうだよね。私とも久しぶりなんだから、クラウドもそうだよね」

「ごめん、本当にびっくりしてる……。あのクラウドだよな?友達一人もいなかった」

「ふふ……そう、あのクラウド」

「え、あんなに格好よかったかあいつ?と、というかなんでここに?ティファ、あいつと仲よかったっけ?」

「もう、静かに。落ち着いて。……ニブルヘイムではあんまり喋ったことなかったかな」

「そうだよな?ぼくの記憶がおかしくなったのかと思った……」

 

 

ティファは、再会してから正直一番可愛い笑顔を見せてくれている。つまり、まあ、そういうことなんだろう。

 

 

「まあ……色々ありまして」

「色々ありすぎるだろ!ニブルヘイムのアイドルと厄介者だぞ?」

「ふふふ、大袈裟だよ」

「…え、ということは……その、付き合ってんのか?」

「んー……そうとも言えるのかな?どうだろ」

「なっ、まさかそれ以上……」

「以上なのかどうかわかんないけど、一緒に暮らしてる」

「な……」

 

 

まさかクラウドに出し抜かれるまで数分前まで想像すらしてなかった。

もう一度体ごと振り返って、客とまだ話を続けているクラウドに目をやる。正直クラウドが他人と普通に会話をしていることだけで衝撃的な光景だ。というかなんだあれ、絶対あいつ強いじゃん。神羅の軍隊に入ったっていう話までは聞いてたけど、一般兵の纏うオーラじゃないだろあれは。

 

思い切りやつを凝視していたせいで、後ろの女性たちの会話がやけに聞こえてくる。

 

 

「本当だ……イケメンだ」

「ね、かっこいいでしょ?この前来た時見かけてから気になってたのよ」

「何してる人なの?」

「運び屋だって。ほら、あそこに広告貼ってる」

「えー何でもいいから運んできて欲しいー!彼女とかいるのかな」

「そりゃあ……」

 

 

おそらく、女性たちはティファをチラっと見ている。確認していないからわからないけれど。ぼくは恐る恐る体を元の向きに戻しつつ、ティファの様子を確認した。ティファは彼女たちの声を聞いているのかいないのか、ただ穏やかな表情のまま食器を洗っている。

 

 

「……まさか女の子の人気まで取られるとは思ってなかった」

「え?何か言った?」

「いや……クラウドが黄色い声を浴びるような男になるとは思ってなかったって話」

「あはは、そうだよね。ここに立って料理してたら聞こえてくるんだけど、たまにクラウド目当てでお店に来てくれる女の子もいるみたい」

「…ティファ的に複雑なんじゃないのか?いや、お前らがそういう関係ならの話だけど……」

 

 

ティファは蛇口を止めて一息ついてから、悪戯っぽい表情で「ちょっぴりね」と笑う。…悔しい。可愛い。

 

 

「でも、クラウド、ああだから」

「ああ?」

「ほら……あんまり社交的じゃないでしょ?」

「ああー……その辺は変わってないわけね」

「ふふ、うん。昔よりずいぶん穏やかになったけど。でもそのおかげで、クラウドの人気は爆発することなく抑えられてるわけです」

 

 

(…いや、可愛すぎるだろ)

 

 

ふふん、と得意げにいばるティファ。なんだそれ。クラウドの魅力は自分が知ってるからいいってか?畜生!

というか、おそらくティファだけがわかっていない。クラウドの存在が女性陣から話題になるよりも遥かに、ティファという存在のファンの声が大きいということを。

 

もうティファが幸せそうならそれでいいや。そう思って酒のおかわりをもらおうと思ったその時。客との話が終わったらしいクラウドが、こっちを盛大ににらめつけながらティファのそばまで歩いてきた。

 

 

「あ、クラウド」

 

 

ぱっ、と顔を明るくするティファ。それとは裏腹にぼくから視線を外さないクラウド。

そのくせして今度は「ティファは渡さない」とでもいうように、彼女の腰を抱いて自然に引き寄せた。クラウドは念押しとばかりに睨みに力を入れた後、すぐに優しい表情に戻ってティファを見た。見つめ合う二人の雰囲気を、相思相愛と表現せずに何で表現すればいいのだろう。…というかぼくは何を見せられてるんだろう。

 

 

「ティファ」

「話、終わったんだ。お疲れ様」

「ああ」

「ほら、クラウド。覚えてる?ニブルヘイムの…」

 

 

ティファが気を利かせてぼくの紹介をしてくれる。絶対こいつ覚えてないだろうなと思いつつ「久しぶりだなクラウド!」と挨拶してみせると、案の定怪訝そうな顔で「知らない」と返ってきた。…もうちょっと考える素振りぐらい…。

 

 

「もう、クラウド」

「………ああ。生きてたのか」

「いや、こっちの台詞だからな」

「何の用だ」

「クラウド、お客さんだからね」

 

 

その通りだ。こっちは客だというのに「いますぐ立ち去れ」みたいなオーラを出すな、ちょっとショックだから。

でも想像以上に昔のクラウドらしさが残っていることに、不思議と安心しながら会話を試みる。

 

 

「まあ、ほら、せっかくだからクラウドもどうだ?一緒に飲まないか」

「断る」

「せっかく同郷の人間が3人も揃ったんだよ?クラウド」

「そうだそうだ」

 

 

不本意そのものの顔をしている。どうやら「昔はああだったな、こうだったな」話で盛り上がる気はなさそうである。

 

 

「クラウド、お前ずっとミッドガルにいたの?」

「……まあ、飛び飛びにな」

「ティファとはここで再会したのか?」

「あんたに話すことは……」

「クラウド」

「……そうだ」

 

 

むすう、という顔。ティファには逆らえない様子だ。反してティファは嬉しそうである。

 

 

「で、どうやってティファを口説いたんだよ。抜け駆けしやがってこのやろう」

「も、もう。そういう話はいいから」

「あんたには関係ない」

「くー!関係あるわ!腹立つな!」

 

 

こうやって話していてようやく気づく。クラウドの瞳の色は、間違いじゃなければ、いわゆる普通の人間の目の色ではない。こいつと面と向かって話した記憶がないから定かじゃないが、子供の頃はこんな目の色をしていなかったはずだ。なんというか、底無しの空みたいな色だ。

 

ティファが「色々あった」とさっき呟いていたことを思い出す。

ティファがクラウドを好きになるぐらいのことだ。きっとこの二人の「色々」は、自分が想像できる範囲の「色々」なんてとうに飛び越えたものなんだろう。

 

故郷の仲間に会えて嬉しいような、手が届かないところにいる二人を思うと切ないような。

なんかもうどうにでもなれ。そう思いながら大きく息をつく。初恋の相手が元気に生きてるだけでもう十分かもしれない。

 

クラウドは、そんなぼくの様子を確認してから、小さくため息をついた。

 

 

「…他の」

「?」

「……他の連中は?」

「え?ああ、ニブルヘイム出身の?ここ離れちまった奴もいるけど元気だ。ここにもちらほら残ってるから今度また連れてくる」

「え!嬉しい。待ってる」

「二人のこと話したら、多分飛んでくると思うよ」

「…飛んでこなくていい」

 

 

(…こいつ)

 

 

もしかして、このぶっきらぼうな感じはあれか?照れ隠しか?なんとなく、クラウドの本性が見え隠れし始めてきた。なるほど、こいつ人に関心がないわけじゃなくてただの恥ずかしがり屋だったのか。

だってほら、忘れたとか知らないとか言うくせに、どうやらぼくの顔を見て誰かわかってくれたらしいし、他の連中もミッドガルに移動したこと、覚えている。

 

 

(…ティファが好きになるのも、まあおかしくないか)

 

 

まさか、この年月を経てクラウドとちゃんと話すことになるとは。…ちゃんとわかってなかったことに気づくとは。

 

ちょっと一人、しんみりしかけた頃。クラウドはティファにやたらと優しい声で話しかける。

 

 

「ティファ」

「ん?」

「…今日、何時まで店開ける?」

「え?そうだな、後1時間ぐらいかな」

「わかった」

 

 

あたかも夫婦のような会話。これは入る隙がないなと思ったその時だった。

クラウドはなんの前振りもなく、正直見惚れるぐらい自然に、というか完全に見せ付けるつもりで……ティファに口付けた。

 

 

(!!?!)

 

 

美男美女だから絵になる、とかそれどころじゃない。こっちの心の中は大パニックである。

数秒唇を合わせて、ゆっくり離れる二人。かわいそうにティファは頭の天辺まで真っ赤になっている。

 

クラウドはなんの動揺もしていない素振りで、小声で「シャワー浴びてくる」とだけ言い残し、間違いなく心の中を上機嫌にしてあっという間にカウンターから去っていった。後ろで女性の黄色くはない悲鳴が聞こえた。いや待て、目の前のこの同郷の友達にも挨拶していけ。

 

 

「……っ」

 

 

かわいそうな、いや、可愛いティファ。真っ赤なまま硬直している。

ごめん、こっちからかけてやれる言葉がない。悪いのは全部あいつだ。クールな顔して独占欲丸出しの、あのオオバカヤロウのせいだ。

 

ティファを慰める意味も込めて、ようやく「おかわり」をお願いする。なんなら、慰めて欲しいのはこっちなんだが。

彼女は黙ったままうなずいて、ワナワナ震える手で氷だけ残ったグラスを手にとる。

 

また来よう。そう思った。

 

きっと何度来てもクラウドは自分を歓迎してくれないだろうし、また散々睨まれて終わるんだろうけど。

それでも、幼なじみが……ティファがここで、ちゃんと笑っているかどうか確認する役目ぐらいは、自分にだってできるはずだから。

 

 

(それぐらいの役目ぐらい貰ったっていいだろ)

 

 

もうすでにどこかに行ってしまった男に一人乾杯をした。

なんでもいいけど幸せにやれ。心の底からそう思いながら。

 

 

 

その赤色に色は足せない

 

 

 

(1滴の濁りすら、狼は許さない)

 

 

 

 


fin,