「…ん?」

 

 

ひとり首を傾げた、夜の十一時。シャワーを浴びて眠る前に、明日のお昼の営業準備をしておこうとお店に降りてきてからのこと。キッチンに向かって、今晩から解凍しておかないと間に合わない食材を冷凍庫から出す。それだけ簡単に終えて、あとはすぐに寝てしまおうと自室に戻ろうとしたとき、視界に入った、とあるもの。

 

 

「……んん?」

 

 

ちらと映り込んだのは、お店の二人がけの席からはみ出して見える誰かさんの両足。寝転んでいるんだろうか。明らかに席よりも脚が長いせいで、足の先は宙ぶらりんになっている。

 

そのだらしない足の持ち主が誰かなんて考えるまでもなくわかるので、私はひとり微笑みを浮かべながら足をそっちに向ける。近づきながら、机の上に地図やペンが散らかっているのが確認できた。……さては、仕事に飽きたかな?

 

 

「……」

 

 

すぐ近くまで歩み寄ってみて、ようやく見えた両足の持ち主の顔。……といっても、その顔の上には、被さるように本がのっかっていて最初は見えなかったのだけれど。

 

やっぱり彼は席を二人分跨る形で寝転んでいて、完全に脱力モードになっていた。こんなところでこんな姿を見せるのが珍しくて、私はつい一人また、頬をもう一段階ゆるませる。

 

 

「……クラウドさん」

 

 

眠ってるのかなと思いつつ名前を呼んでみると、その人は…クラウドはすぐに反応して本を顔からどける。そして眩しそうにしながら、私を見上げ同じように頬を緩ませた。

 

 

「……。…ティファ」

「…何してるの?」

「ん……休憩」

「ふふ。だらしないぞ、こんなところに寝転がって」

「ふ……すまない」

 

 

冗談まじりに言ってみたら、クラウドもおかしそうに笑ってくれた。それから彼は腕を持ち上げて、無防備にぶらぶらしていた私の手を握る。それがなんだか嬉しくて、私は体を左右に揺らし、喜びを表現する。

 

 

「…お仕事?」

「ん……そんなところだ」

「寝るなら、上に行ってベッドで寝たほうがいいよ」

「うん……」

「放って置いたら、クラウドこのまま寝ちゃいそう」

「……現に、ティファに声をかけてもらうまで、少し意識が飛んでた」

「ふふふ、やっぱり」

 

 

口元に空いている方の手を当ててくすくす笑う。クラウドはちょっとの間そんな私を見てぼう、と穏やかな表情をしていたけれど、すぐ何か思いついたような顔で、上体を起こした。

 

 

「ん? 起きる気になった?」

「いや……ティファ」

「?」

「ここ」

「え?」

 

 

ぽんぽん、と、いたずらをしようとしている子どものような表情のクラウドが、さっきまで彼が頭を預けていた場所を叩く。……どうやらここに座りなさいということらしい。何をしたがっているのかは、見当がつく。

 

 

「…座って」

「……膝枕してもらうつもり?」

「うん」

「もう。ますます起きる気ないでしょ」

「…ちょっとしたら起きるから」

「…ちょっとね」

「ん、ちょっと」

 

 

(……なんて、ね)

 

 

ちょっとだけね、なんて言いながら、クラウドよりも楽しんでいるのは私だ。こうして甘えてもらうことが正直、嬉しくて仕方ない。

 

笑顔も隠さずにこにこしたまま彼の言う通り腰を落ち着かせる。クラウドはそれを確認してからゆっくり私の膝の上に頭を戻した。それから満足そうに大きく息をつく。

 

心地いい頭の重さ。ふわふわしていて、くすぐったいような。

 

 

「……何読んでたの?」

「…ん?」

「本」

「ああ……この辺の歴史の本」

「歴史? おもしろそう」

「うん……ミッドガルができる前とか……。歴史といえば……神羅の本社でもう少し、真剣にツアーに参加しておくんだったな」

「ふふ、充実してたもんね。どれだけ神羅がすごいか、とかね」

「…あのときは全部破壊したい衝動にかられてたから、内容を全く覚えてない」

「あはは」

 

 

いつもよりほんの少しお喋りな、上機嫌のクラウドの髪を優しく撫でる。クラウドは相変わらず、私の手を握ったり腕に触れたりしている。

 

特に何の意味も持たないこんなスキンシップが嬉しいなんてこと、数年前の私は想像すらしたことがなかった。なのに……不思議、今じゃもう当たり前みたいに、この人に触れてしまう。息をするように、クラウドに触れていたいと思ってしまう。

 

 

(だけど、そう思えることにすら……私はいまだに、感動してしまう)

 

 

「……ティファ」

「…ん?」

「…………何でもない」

「ええ? ちょっと何か考えてたでしょ」

「…言いたいことがありすぎて言えない」

「じゃあ……その中の一つだけどうぞ」

「……」

 

 

冗談まじりにそう言うと、クラウドが目尻を下げたまま片腕を伸ばし、私の頭を引き寄せる。どうやら言葉にするまでもないと判断したらしく、彼はただ私の目を見ておねだりをした。

 

しょうがないなあ、なんて。可愛くないことを思いながら、拒否する理由も生憎見つからないまま、私は素直に身を屈める。クラウドも私を迎えるように少しだけ上体を起こす。

 

 

「……」

「……、」

 

 

やわらかく、やわらかく唇が触れる。もしかすると初めての時よりもずっとやさしいキス。

 

クラウドのそれはマシュマロのように柔らかい。きっと本人も知らないこと。願わくば、我がままを言っていいのであれば……ずっと、私しか知らないことでありますように。

 

 

(本人には絶対に、言えないけれど)

 

 

「………」

「……。……言いたいこと、聞く前に、しちゃったね」

「…うん」

「……他にはまだある?」

「ある。……いっぱいある」

「…このまま聞いたほうがいい?」

「……シャワーを浴びてからの方がいい」

「……クラウド、やらしい」

「…どっちが」

 

 

今、この場所には私たち二人しかいないのにこそこそ話をする。小さな声で、お互いにだけ届けばいいと言葉を紡ぐ。

 

ほんとはどこでもいいの。恥ずかしがることなく、照れる必要もなく……あなたを見つめて、あなたと話ができるのなら私は、何だっていいの。

 

クラウドがいる場所にいたいの。ただそれだけなんだよ。

 

 

「ティファ……」

 

 

そっと体を横に向けて、クラウドが私のお腹を抱きしめる。ぎゅうと抱きしめて目を閉じた様子を見ている限り、しばらくこのまま、動きたくないみたい。

 

もう一度身をかがめて、ふわふわした彼の頭にキスをした。

どこもかしこも柔らかかった。時間も世界も空間も、クラウドに触れている間はずっと、あたたかい雲の中にいるようだった。

 

 

 

 

36度で凍らせて

 

 

(瞬間冷凍、したくなる)

 

 

 


fin,